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冤罪を作ったと告白した元検事の話 [報道]
これは新聞に出ていた紹介記事からの話だが、本人が新聞社から、告白本として、自身が冤罪を作った事を紹介している。
現在、本人は検事の職を辞して弁護士活動をしているらしいが、本人の弁を借りるまでもなく、検察がその職務の遂行上、脅しや威嚇脅迫をすることなど当たり前だし、検察官達自身が冤罪とわかっていても、決して、それを止めたり、あるいは公訴を下げようとしないのは衆知の事実だ。
大阪地検特捜の問題があって、見直し、改革をする、そう言った検事総長談話など末端の検察官は全く関知していない。
私の裁判も面白いなどと当事者の私が言えるものではないが、傍聴人から言わせると不思議な裁判ではある。
どう見ても弁護側から出した証拠ではないのかというものが、検察側から出てきたり、有罪の目をきれいに潰すべき弁護側から検察に軍配を上げたくなるような弁論が出る。
つまり検察はこれはどうやっても無罪ですよ、そういう公判の進め方をし、弁護側が、有罪になってもしょうがないですね、そういう対応をする。当事者からすると何だろうな、そう思う。
弁護人のちょんぼは別としてもどうやっても無罪ですよ、というように受け取れる公訴なら、公訴取り下げをすべきだし、それが筋だろうと思う。しかし、一応はかっこうとして、ああだこうだと因縁はつけている。
事実関係を糾すことなく、前任者の稚拙なでっち上げを踏襲しているだけなのだが、冤罪を作った本人がそれを撤回しない限り組織防衛が優先する検察からは冤罪がなくならないし、体質自体が正義に振れることがない、そのように告白は書かれている。
そんな組織が取り調べを担当したり、訴追を担当する事自体間違っているとは思わないのだろうか、そう思うのだが、そういう声がなかなか上がらない。ということは、裁判の中でそれに対する歯止めが掛からなければならないのだが、有罪率99.86%という数字を聞いても問題意識が芽生えない人達には、改革などという気持ちも出ないだろう。
現在、本人は検事の職を辞して弁護士活動をしているらしいが、本人の弁を借りるまでもなく、検察がその職務の遂行上、脅しや威嚇脅迫をすることなど当たり前だし、検察官達自身が冤罪とわかっていても、決して、それを止めたり、あるいは公訴を下げようとしないのは衆知の事実だ。
大阪地検特捜の問題があって、見直し、改革をする、そう言った検事総長談話など末端の検察官は全く関知していない。
私の裁判も面白いなどと当事者の私が言えるものではないが、傍聴人から言わせると不思議な裁判ではある。
どう見ても弁護側から出した証拠ではないのかというものが、検察側から出てきたり、有罪の目をきれいに潰すべき弁護側から検察に軍配を上げたくなるような弁論が出る。
つまり検察はこれはどうやっても無罪ですよ、そういう公判の進め方をし、弁護側が、有罪になってもしょうがないですね、そういう対応をする。当事者からすると何だろうな、そう思う。
弁護人のちょんぼは別としてもどうやっても無罪ですよ、というように受け取れる公訴なら、公訴取り下げをすべきだし、それが筋だろうと思う。しかし、一応はかっこうとして、ああだこうだと因縁はつけている。
事実関係を糾すことなく、前任者の稚拙なでっち上げを踏襲しているだけなのだが、冤罪を作った本人がそれを撤回しない限り組織防衛が優先する検察からは冤罪がなくならないし、体質自体が正義に振れることがない、そのように告白は書かれている。
そんな組織が取り調べを担当したり、訴追を担当する事自体間違っているとは思わないのだろうか、そう思うのだが、そういう声がなかなか上がらない。ということは、裁判の中でそれに対する歯止めが掛からなければならないのだが、有罪率99.86%という数字を聞いても問題意識が芽生えない人達には、改革などという気持ちも出ないだろう。
緑のカーテン [日記]
今年も暑いと言われているし、電力事情もあまり良くないと電力会社の宣伝に乗るわけではないが、言われている夏の乗り切りに今年はあまり緑のカーテンという話が出てこない。
昨夏、初めて緑のカーテンとして朝顔を試してみたが、カーテンと言うには情けないというか、レースのカーテンレベルもなかったので、今年はもう一箇所、増やす事にして、何を植えるか、考えていた。
本当はトマトやきゅうりが好みだが、煩わしくなさそうなので、ゴーヤをそれも種から試してみることにして、昨日、プランターに植えた。
朝顔の方は、昨夏の残りというか、種がプランターに落ちて、それが、勝手に芽を出してきた。という事は昨夏世話になったカボチャも出てくるかと期待しているが、そう全て都合よくは行かなさそうで、どこにも芽を出している気配はない。
毎年、家庭菜園と言うほどのものではないが、狭い庭の片隅にトマトや茄子など植えて収穫を楽しんでいたが、一昨年は留置場の中で初夏を迎えてしまい、そういうことができなかったし、昨夏は放射能騒ぎでとても家庭菜園など作る気もしなかった。
動物もだが植物など生物を育てると心も癒されるものがあるので、何とか時間を見つけて酷暑も凌げることを期待して実効性のある緑のカーテンを作りたいものだと思う。
いや、昨夏だって、緑のカーテンにはほど遠かったが、色とりどり、きれいな花を咲かせて、長く、楽しませてもらったので、朝顔だって、悪くはない。今年は趣味と実益と行くかどうか準備をしていると、酷暑になるかも知れない夏でも楽しみではある。
動物や植物は正直なもので、世話をすればするほど、しっかり答えてくれるのだが、世話をしているつもりでも方向性が違っていると、思ったようにはいかない。でも人間ほどはややこしくないので、趣味の園芸とか家庭菜園として癒しをもたらしてくれるのだろうと思う。
ということで、電気料金が上がるかどうか知らないが、電気代が減ることを期待したい。
昨夏、初めて緑のカーテンとして朝顔を試してみたが、カーテンと言うには情けないというか、レースのカーテンレベルもなかったので、今年はもう一箇所、増やす事にして、何を植えるか、考えていた。
本当はトマトやきゅうりが好みだが、煩わしくなさそうなので、ゴーヤをそれも種から試してみることにして、昨日、プランターに植えた。
朝顔の方は、昨夏の残りというか、種がプランターに落ちて、それが、勝手に芽を出してきた。という事は昨夏世話になったカボチャも出てくるかと期待しているが、そう全て都合よくは行かなさそうで、どこにも芽を出している気配はない。
毎年、家庭菜園と言うほどのものではないが、狭い庭の片隅にトマトや茄子など植えて収穫を楽しんでいたが、一昨年は留置場の中で初夏を迎えてしまい、そういうことができなかったし、昨夏は放射能騒ぎでとても家庭菜園など作る気もしなかった。
動物もだが植物など生物を育てると心も癒されるものがあるので、何とか時間を見つけて酷暑も凌げることを期待して実効性のある緑のカーテンを作りたいものだと思う。
いや、昨夏だって、緑のカーテンにはほど遠かったが、色とりどり、きれいな花を咲かせて、長く、楽しませてもらったので、朝顔だって、悪くはない。今年は趣味と実益と行くかどうか準備をしていると、酷暑になるかも知れない夏でも楽しみではある。
動物や植物は正直なもので、世話をすればするほど、しっかり答えてくれるのだが、世話をしているつもりでも方向性が違っていると、思ったようにはいかない。でも人間ほどはややこしくないので、趣味の園芸とか家庭菜園として癒しをもたらしてくれるのだろうと思う。
ということで、電気料金が上がるかどうか知らないが、電気代が減ることを期待したい。
地域エゴ [政治]
大飯町町議会が大飯原発再稼動を圧倒的多数で議決した。
テレビでもその様子と町議会議員の発言を流していたが、議員の一人が、大飯町の経済に関することを自分たちが決めて何が悪い、そのような事を言っていた。
大飯原発の再稼動が大飯町への経済効果をもたらす。それに賛成する事に誰はばかる必要なし、そういう事らしい。
かつて、国会議員が自分の選挙区に国の金を持ってくることこそ議員の意義があるという事を続けていたが、東京にだけ国民を代表すべき議員の資質を持った人物がいるとか集中あるいは高い比率でいるという事ではなく、全国の全ての地域から人口比とそれぞれの地域事情の代弁者の意味合いで議員を出してもらおうというのが趣旨のはず。
小選挙区制になって、地域への利益導入の代弁者という構図はかなり減ってそういう事が改善されたようには思うが、全くなくなったわけではない事と、今は、国会議員と言うよりは官僚が省益ひいては自らの退官後の収入源確保というものが、天下り批判に晒されないよう、手を変え品を変え継続している事が問題であり、それと地域エゴが結びついている。
東電福島第一原発の例でもわかるように原発立地の町レベルの被災で済まないのが原発事故であり、それは周辺地域のみならず、日本で営業している全ての人のビジネスにリスクをもたらすことが証明されている。自分たちの経済などと言うレベルではないのだが、それを全国放送されるテレビの前で町議会議員が言ってしまうほどレベルが低いのだから、まあ、まともではない。
という事はまともでない人達の決議を受けて、まさか国が動く、などという事はよもやないと思うのだが、とにかく何でもいい、賛成の声があれば動かしてしまおうという経産省役人の下心、どの程度のものだろうか。
経産省の役人も関西電力も最後は押し切れるとたかをくくっていたようだ。だからこそ、今夏までにやれること、工夫できることなど一切手を打ってこなかった節がある。何の努力もせずに、悪いもの悪い条件を押しつけようというのが今の社会のようだが、しかしこれは親方日の丸だけであって、競争原理が働く民間企業では、あり得ないのだ。
しかし、国の議員が偉くて町の議員が偉くないなどと言うことがないように、町の議員であっても国会議員に負けない高尚な精神と志で議会活動をして欲しい、そう思う。
テレビでもその様子と町議会議員の発言を流していたが、議員の一人が、大飯町の経済に関することを自分たちが決めて何が悪い、そのような事を言っていた。
大飯原発の再稼動が大飯町への経済効果をもたらす。それに賛成する事に誰はばかる必要なし、そういう事らしい。
かつて、国会議員が自分の選挙区に国の金を持ってくることこそ議員の意義があるという事を続けていたが、東京にだけ国民を代表すべき議員の資質を持った人物がいるとか集中あるいは高い比率でいるという事ではなく、全国の全ての地域から人口比とそれぞれの地域事情の代弁者の意味合いで議員を出してもらおうというのが趣旨のはず。
小選挙区制になって、地域への利益導入の代弁者という構図はかなり減ってそういう事が改善されたようには思うが、全くなくなったわけではない事と、今は、国会議員と言うよりは官僚が省益ひいては自らの退官後の収入源確保というものが、天下り批判に晒されないよう、手を変え品を変え継続している事が問題であり、それと地域エゴが結びついている。
東電福島第一原発の例でもわかるように原発立地の町レベルの被災で済まないのが原発事故であり、それは周辺地域のみならず、日本で営業している全ての人のビジネスにリスクをもたらすことが証明されている。自分たちの経済などと言うレベルではないのだが、それを全国放送されるテレビの前で町議会議員が言ってしまうほどレベルが低いのだから、まあ、まともではない。
という事はまともでない人達の決議を受けて、まさか国が動く、などという事はよもやないと思うのだが、とにかく何でもいい、賛成の声があれば動かしてしまおうという経産省役人の下心、どの程度のものだろうか。
経産省の役人も関西電力も最後は押し切れるとたかをくくっていたようだ。だからこそ、今夏までにやれること、工夫できることなど一切手を打ってこなかった節がある。何の努力もせずに、悪いもの悪い条件を押しつけようというのが今の社会のようだが、しかしこれは親方日の丸だけであって、競争原理が働く民間企業では、あり得ないのだ。
しかし、国の議員が偉くて町の議員が偉くないなどと言うことがないように、町の議員であっても国会議員に負けない高尚な精神と志で議会活動をして欲しい、そう思う。
後出しじゃんけん [所感]
子供の頃、ジャンケンをするときに後出しする子供は嫌われたものである。
そりゃ、そうだろう、後出しすればだいたい勝つのが相場だ。後出しでも負けるのは単にとろいとして、馬鹿にされるだけだが、勝たんがために後出しする奴は、フェアではないとして、嫌われた。
ところが、これが子供の世界だけではない、というか後出しがフェアではないと教わらずに、そのまま子供の時代を過ごしたか、大人として恥ずべき行為と習わずに社会に出てきた、そういう事なのだろう。
しかし大人の社会では、失格である。であるにも関わらず、そういう事をやる奴を私は身近に見たのだ。それも社会人として失格ということすら、無視して。それが検察官だった。
お互いに、公判でフェアに闘うためにそれぞれが持っている材料などを闘わせて、真実や事実関係を争うならまだしも、明日が公判という前日に、そういうものを出して、また、おかしな奴が弁護士だと、依頼人の利益など関係無しに、弁護活動をやったという実績作りのためだけに、公判をこなすというのがいて、そういうのが平気で後出しジャンケンを、抗議もせずに、受けてしまう。
まあ、私の裁判などどうでもいいか。検察官などどうしょうもない人種であることは、もうたいていの人は知っているのだから。
そう思っていたら、もっとひどいのが出てきた。
全国区で注目されて、余裕電力などない、いや15%も不足するから大飯発電所は稼動させないとこの夏の電気の保証はできない、そう言って大飯原発再稼動をスケジュールに乗せるべく、不足の詳細、明細を出せと言う各方面からの声を無視してきた関西電力が、ここに来て今夏の不足電力は5%前後まで軽減されると言い出した。
これまで、大飯原発の再稼動でも電力不足を強弁していた関西電力が一転、不足電力が5%まで軽減されると言い出したのだが、それでもまだ全てをガラス張りの上での話ではなく、どうしてこうも往生際が悪いのだろうかと思わせるのだが、他の電力会社に較べて今夏、圧倒的に電力不足が起こると、大飯原発再稼動を訴えていた、その関西電力は、どんなに言われても明細を出してこなかった。
しかしここに来て、旗色の悪い状況が続いた上に、大阪が電力制限令等を受け入れると発信したり、節電に前向きの自治体が多いことが逆に圧力になり、数字を積み上げてきたと見られるが、こういうのが後出しジャンケンと言い、アンフェアの見本なのだが、こういう公共サービスを行う企業がやることかと呆れてしまう。
しかし、これは関西電力に限らず日本の電力会社共通のことらしい。しかし、今でこそ電力会社は叩かれているが、昨年の3.11までは、地域の優良会社として著名大学から社員を集めてきただろうに、そう言う連中が恥ずかしいとも思わずに後出しジャンケンをするのだから、そういう意味では、日本の社会に後出しジャンケンがアンフェアだという感覚が無くなってしまったのだろうか。
そう言えば、旅行関係の仕事をしていた友人の売り上げに協力しようとそこに依頼した海外旅行で組み込まれたタクシーが現地ではいなくて、別に現地で金を払ったが、現地では邦貨3000円もしないタクシー代を10000円も前払いで取られた分の払い戻しを彼は、しようとしなかった。
こちらの信頼を全く無視する仕事ぶりだったが、私よりも年長の人間がそういう事平気なのだから、信頼とかアンフェアだとか今時日本人に求めるのが無理なことなのかも知れない。あるいは年を食った連中がそうであるのか。
そりゃ、そうだろう、後出しすればだいたい勝つのが相場だ。後出しでも負けるのは単にとろいとして、馬鹿にされるだけだが、勝たんがために後出しする奴は、フェアではないとして、嫌われた。
ところが、これが子供の世界だけではない、というか後出しがフェアではないと教わらずに、そのまま子供の時代を過ごしたか、大人として恥ずべき行為と習わずに社会に出てきた、そういう事なのだろう。
しかし大人の社会では、失格である。であるにも関わらず、そういう事をやる奴を私は身近に見たのだ。それも社会人として失格ということすら、無視して。それが検察官だった。
お互いに、公判でフェアに闘うためにそれぞれが持っている材料などを闘わせて、真実や事実関係を争うならまだしも、明日が公判という前日に、そういうものを出して、また、おかしな奴が弁護士だと、依頼人の利益など関係無しに、弁護活動をやったという実績作りのためだけに、公判をこなすというのがいて、そういうのが平気で後出しジャンケンを、抗議もせずに、受けてしまう。
まあ、私の裁判などどうでもいいか。検察官などどうしょうもない人種であることは、もうたいていの人は知っているのだから。
そう思っていたら、もっとひどいのが出てきた。
全国区で注目されて、余裕電力などない、いや15%も不足するから大飯発電所は稼動させないとこの夏の電気の保証はできない、そう言って大飯原発再稼動をスケジュールに乗せるべく、不足の詳細、明細を出せと言う各方面からの声を無視してきた関西電力が、ここに来て今夏の不足電力は5%前後まで軽減されると言い出した。
これまで、大飯原発の再稼動でも電力不足を強弁していた関西電力が一転、不足電力が5%まで軽減されると言い出したのだが、それでもまだ全てをガラス張りの上での話ではなく、どうしてこうも往生際が悪いのだろうかと思わせるのだが、他の電力会社に較べて今夏、圧倒的に電力不足が起こると、大飯原発再稼動を訴えていた、その関西電力は、どんなに言われても明細を出してこなかった。
しかしここに来て、旗色の悪い状況が続いた上に、大阪が電力制限令等を受け入れると発信したり、節電に前向きの自治体が多いことが逆に圧力になり、数字を積み上げてきたと見られるが、こういうのが後出しジャンケンと言い、アンフェアの見本なのだが、こういう公共サービスを行う企業がやることかと呆れてしまう。
しかし、これは関西電力に限らず日本の電力会社共通のことらしい。しかし、今でこそ電力会社は叩かれているが、昨年の3.11までは、地域の優良会社として著名大学から社員を集めてきただろうに、そう言う連中が恥ずかしいとも思わずに後出しジャンケンをするのだから、そういう意味では、日本の社会に後出しジャンケンがアンフェアだという感覚が無くなってしまったのだろうか。
そう言えば、旅行関係の仕事をしていた友人の売り上げに協力しようとそこに依頼した海外旅行で組み込まれたタクシーが現地ではいなくて、別に現地で金を払ったが、現地では邦貨3000円もしないタクシー代を10000円も前払いで取られた分の払い戻しを彼は、しようとしなかった。
こちらの信頼を全く無視する仕事ぶりだったが、私よりも年長の人間がそういう事平気なのだから、信頼とかアンフェアだとか今時日本人に求めるのが無理なことなのかも知れない。あるいは年を食った連中がそうであるのか。
異口同音の恐さ [所感]
民主党元代表小沢一郎氏の裁判が控訴でさらに続く事になったが、小沢一郎氏ほど評判が分かれる人物もいない。そしてその辺の事は私自身が裁判を抱えていて、色々人を見たり、その話を聞いたりする経験と照らし合わせて、同じようなことがいっぱいあるのだが、人間はどうしてこうも狭量で嘘つきが多いのか、そう思う。
小沢一郎氏は、あの顔なので、やんわりしたイメージを持たれることも少ないし、また、受けがいいとも言えない。さらには旧経世会の流れを汲むという事で、非主流時代に冷や飯を食っていた連中から敵視されている。という事で本人の実体と関係なく悪いイメージが悪いイメージを呼び、しっかり本人に取材したり接したわけではない人物がさらに悪評を流すというのが実情のようである。
実は私の裁判でも私は四面楚歌状態だったが、元々は一人の警官のでっち上げに帰因している。それをゴロツキ並みの副検事が自身の浅学さを恥じるどころか逆ギレして感情的に殊更有罪にしようと、謀った、それだけのものでしかない。なのにそれらを副検事が各所に吹き込んで、私という人間のイメージを作り上げていったのだ。
つまり異口同音に皆が私を悪者にしても、実はその出所は一つ。しかし、裁判あたりで人を見る連中は性悪説にしか立たない。大岡裁きなどという人情話など夢のまた夢。したがって、異なる人物から同じようにこいつは信用できないという話が出れば、そうなのだろうと、その出所、信頼性をチェックするのではなく、そのまま悪い話は受け入れてしまう。
本当に恐いのが、こういう人間社会なのだが、日本は、その低俗さが社会に残った国家であり、そういう事の是正がされる国ではない。情報源の不確かさを確かめないから裁判でも調書偏重なのだが、馬鹿でもわかるという物証が目の前に転がっているのに、それを無視する。
つまり印象で物事を決める非科学的非近代的国家が日本なのだが、そういう稚拙さを司法の世界の人間が理解していないところが恐い。
井戸端会議レベルで、あの人怪しいわよね、誰かが一言そう言って、誰かが相づちを打った時点で、もうそのイメージが一人歩きする。司法も国政もそんなレベルで物事が決まってしまうのだが、では我々は何で、義務教育で自然科学社会科学道徳を習ったのだろうか。まったく、そういう事が生きていない教育、社会に生きている気がする。
何度も言うが人の悪口を言わない、こう小学校低学年では教えるそうだ。まあ、私の記憶では習った記憶はないが、時代が違うかも知れない。するとやっぱり、人の悪口を平気で言う警官や検察官とは、私と同じ時代に小学校低学年を過ごした口だろうか。出も私は理由泣く人の悪口は言わないし、このブログで書いているのは悪口ではなく、おかしな構図やその原因を作っている連中の指摘に過ぎないのだが。
小沢一郎氏は、あの顔なので、やんわりしたイメージを持たれることも少ないし、また、受けがいいとも言えない。さらには旧経世会の流れを汲むという事で、非主流時代に冷や飯を食っていた連中から敵視されている。という事で本人の実体と関係なく悪いイメージが悪いイメージを呼び、しっかり本人に取材したり接したわけではない人物がさらに悪評を流すというのが実情のようである。
実は私の裁判でも私は四面楚歌状態だったが、元々は一人の警官のでっち上げに帰因している。それをゴロツキ並みの副検事が自身の浅学さを恥じるどころか逆ギレして感情的に殊更有罪にしようと、謀った、それだけのものでしかない。なのにそれらを副検事が各所に吹き込んで、私という人間のイメージを作り上げていったのだ。
つまり異口同音に皆が私を悪者にしても、実はその出所は一つ。しかし、裁判あたりで人を見る連中は性悪説にしか立たない。大岡裁きなどという人情話など夢のまた夢。したがって、異なる人物から同じようにこいつは信用できないという話が出れば、そうなのだろうと、その出所、信頼性をチェックするのではなく、そのまま悪い話は受け入れてしまう。
本当に恐いのが、こういう人間社会なのだが、日本は、その低俗さが社会に残った国家であり、そういう事の是正がされる国ではない。情報源の不確かさを確かめないから裁判でも調書偏重なのだが、馬鹿でもわかるという物証が目の前に転がっているのに、それを無視する。
つまり印象で物事を決める非科学的非近代的国家が日本なのだが、そういう稚拙さを司法の世界の人間が理解していないところが恐い。
井戸端会議レベルで、あの人怪しいわよね、誰かが一言そう言って、誰かが相づちを打った時点で、もうそのイメージが一人歩きする。司法も国政もそんなレベルで物事が決まってしまうのだが、では我々は何で、義務教育で自然科学社会科学道徳を習ったのだろうか。まったく、そういう事が生きていない教育、社会に生きている気がする。
何度も言うが人の悪口を言わない、こう小学校低学年では教えるそうだ。まあ、私の記憶では習った記憶はないが、時代が違うかも知れない。するとやっぱり、人の悪口を平気で言う警官や検察官とは、私と同じ時代に小学校低学年を過ごした口だろうか。出も私は理由泣く人の悪口は言わないし、このブログで書いているのは悪口ではなく、おかしな構図やその原因を作っている連中の指摘に過ぎないのだが。
水資源 [所感]
我々日本人にはあまり水不足というものが馴染みがないが、もちろん、稲作など農業従事者にとっては水はそれこそ死活問題になるほど重要なものというものであっても一般人がそれほど意識していない間に水を巡る環境が激変している。
冒頭、日本人には馴染みがないと書いたが、最近のという意味で、主要産業が農業であった昔は、それこそ、全国民が水の大切さはわかっており、それが用水などの感慨事業やため池など各地に地名として残っているつまり、名残にもなっている。
だが、工業用水も一時期のように湯水のように使うような産業や製品も減って、水需要が減ると、夏の渇水の畏れも減って、水の大切さが我々の頭の中からなくなっているかも知れない。八ッ場ダム問題でもそうだが上水道や工業用水用の水需要は減っており、利水事業の関心が薄れている。
そういう中で、いわゆる名水百選ではないが、湧水や地下からの汲み上げが増えている。それも我々日本人が知らない間に外国資本が手を伸ばしている可能性があるのだ。
前述のように、昔の名残など伝統的にそこに何があったとか、どういう経緯でそういう水があるとか色々な情報は現代人の我々も全てを正確に把握しているわけではない。そこへもってきて、外国資本が絡んでくると話がややこしくなる。
だいたい、水というのは高い方から低い方に流れると相場が決まっていて、たまたまその低い地で表に出る地形になっていないと潜ったまま押し出されるように他のところに出てくる。これらが湧水だったりするのだが、地下水系も含めて河川などの水系は上流だけではなく下流域もその恩恵を受けている。
それを勝手に瓶詰め、ペットボトル詰めのように工場を建てて、下流に流れていく水を抜いてしまうのだから水系も生態系も狂うのは当然のことなのだが、国が全く関心がないかの如く、外国資本の規制すらない。
もちろん、日本も水そのものではなく、肉や農産物輸入で、それらを育てる過程で多くの水資源が消費された食糧輸入をしているので、一方的に日本の水搾取をするなとは言えない状況もある。だが直接の飲料用水の野放図な搾取を許して良いと言うことでもない。
今後、食糧の問題と同様、水資源の問題も大きくクロースアップされる事は間違いないので、生態系の問題もあるし、しっかり管理するとは思えず、野放図に搾取するだけかも知れない外国資本への水資源の売り渡し規制を早急に行って欲しいものだと思う。
北海道などでは水源地安い現地近くの土地が中国資本に買い占められ始めているらしいが、何のためかその目的を明確にせず、地方自治体でさえ、実態を把握できていないという事態が生じている。国と共に国民の安全安心を担保するべき国がこれではお話にならないと思うのだが、こういう事には官僚は、積極的に動かないらしい。
冒頭、日本人には馴染みがないと書いたが、最近のという意味で、主要産業が農業であった昔は、それこそ、全国民が水の大切さはわかっており、それが用水などの感慨事業やため池など各地に地名として残っているつまり、名残にもなっている。
だが、工業用水も一時期のように湯水のように使うような産業や製品も減って、水需要が減ると、夏の渇水の畏れも減って、水の大切さが我々の頭の中からなくなっているかも知れない。八ッ場ダム問題でもそうだが上水道や工業用水用の水需要は減っており、利水事業の関心が薄れている。
そういう中で、いわゆる名水百選ではないが、湧水や地下からの汲み上げが増えている。それも我々日本人が知らない間に外国資本が手を伸ばしている可能性があるのだ。
前述のように、昔の名残など伝統的にそこに何があったとか、どういう経緯でそういう水があるとか色々な情報は現代人の我々も全てを正確に把握しているわけではない。そこへもってきて、外国資本が絡んでくると話がややこしくなる。
だいたい、水というのは高い方から低い方に流れると相場が決まっていて、たまたまその低い地で表に出る地形になっていないと潜ったまま押し出されるように他のところに出てくる。これらが湧水だったりするのだが、地下水系も含めて河川などの水系は上流だけではなく下流域もその恩恵を受けている。
それを勝手に瓶詰め、ペットボトル詰めのように工場を建てて、下流に流れていく水を抜いてしまうのだから水系も生態系も狂うのは当然のことなのだが、国が全く関心がないかの如く、外国資本の規制すらない。
もちろん、日本も水そのものではなく、肉や農産物輸入で、それらを育てる過程で多くの水資源が消費された食糧輸入をしているので、一方的に日本の水搾取をするなとは言えない状況もある。だが直接の飲料用水の野放図な搾取を許して良いと言うことでもない。
今後、食糧の問題と同様、水資源の問題も大きくクロースアップされる事は間違いないので、生態系の問題もあるし、しっかり管理するとは思えず、野放図に搾取するだけかも知れない外国資本への水資源の売り渡し規制を早急に行って欲しいものだと思う。
北海道などでは水源地安い現地近くの土地が中国資本に買い占められ始めているらしいが、何のためかその目的を明確にせず、地方自治体でさえ、実態を把握できていないという事態が生じている。国と共に国民の安全安心を担保するべき国がこれではお話にならないと思うのだが、こういう事には官僚は、積極的に動かないらしい。
猫ひろしのオリンピック出場問題 [スポーツ]
まあ、あんまり取り上げたくなるようなものではないが、所轄組織から正式に裁定が出て出場できなくなって、かえってよかったのではないかと思っている。
カンボジア国民の中で出たい選手がいなかったり猫ひろしが出場する事によりカンボジアの国益にかなうと言うならば、カンボジア人もそれなりに納得するだろうが、まだ、国自体がそれどころではないという中で、カンボジア人の中にマラソン競技で出場したいという選手がいたり、あるいは猫ひろしの記録を上回る選手がいるのであれば、無理を通すようなものではないと思う。
日本にもサッカーなどで日本国籍を取って、日本人として国際大会に出ている選手もいたり、以前はそういう選手が多かったが、そういうケースではあまり日本人の中に反対の声はなかったように思う。それは、本当に、その時だけという事ではなかったし、本人の帰化で、日本のその競技における競技力が向上したり、その個人の名誉欲だけの話ではなかったからである。
しかし、猫ひろしの場合、どう考えても単に個人の売名行為そのものでしかないのではないかというところからの出発であり、そもそも本来であれば、日本人として日本国内で他のランナーに勝って出場権を得るというのが筋なのではないだろうか。
他国への帰化で出場する場合、請われて出る場合と、実力がありながら、他の要因で出場機会を阻まれて他国からの出場機会を狙うというものがある。後者の場合でも、帰化先にとってメリットがあるからこそ、出場できるのであって、とても猫ひろしの場合は、そのどちらでもないことはわかりきっている。
ごり押しは相手国に対して傲岸不遜としか映らないだろうし、この裁定はよかったと思う。最近、日本で出られないからと他国からの出場を狙う選手もいるようだが、高見を目指す事は悪いことではないけれども、個人の欲だけでそういうことを考える風潮には賛成できない。
ただ、見返してやろうという反骨精神から他国に行ってまでもメダルを取る選手は応援したい。何故ならば日本の競技団体で、不透明な選考をしている団体が少なくないからである。しかし、純粋にスポーツが好きでスポーツをやる素地も残しておいて欲しいというものが、オリンピックには無縁だった私にはある。
そう言えば、私の高校の同級生の子供が今度のロンドンオリンピック出場が決まったが、メダリストの父親という事になる。まだ競技も始まっていないうちから、というものではなく、世界レベルの競技なので、もうメダルは決まり。
同級生本人も高校時代というかもっと小さい子供の頃からやっていたわけだから親子二代の宿願が実ったというところだろうか。同じオリンピック出場を目指すにもそれだけ長い努力の積み重ねで出る人もいるという事だ。
カンボジア国民の中で出たい選手がいなかったり猫ひろしが出場する事によりカンボジアの国益にかなうと言うならば、カンボジア人もそれなりに納得するだろうが、まだ、国自体がそれどころではないという中で、カンボジア人の中にマラソン競技で出場したいという選手がいたり、あるいは猫ひろしの記録を上回る選手がいるのであれば、無理を通すようなものではないと思う。
日本にもサッカーなどで日本国籍を取って、日本人として国際大会に出ている選手もいたり、以前はそういう選手が多かったが、そういうケースではあまり日本人の中に反対の声はなかったように思う。それは、本当に、その時だけという事ではなかったし、本人の帰化で、日本のその競技における競技力が向上したり、その個人の名誉欲だけの話ではなかったからである。
しかし、猫ひろしの場合、どう考えても単に個人の売名行為そのものでしかないのではないかというところからの出発であり、そもそも本来であれば、日本人として日本国内で他のランナーに勝って出場権を得るというのが筋なのではないだろうか。
他国への帰化で出場する場合、請われて出る場合と、実力がありながら、他の要因で出場機会を阻まれて他国からの出場機会を狙うというものがある。後者の場合でも、帰化先にとってメリットがあるからこそ、出場できるのであって、とても猫ひろしの場合は、そのどちらでもないことはわかりきっている。
ごり押しは相手国に対して傲岸不遜としか映らないだろうし、この裁定はよかったと思う。最近、日本で出られないからと他国からの出場を狙う選手もいるようだが、高見を目指す事は悪いことではないけれども、個人の欲だけでそういうことを考える風潮には賛成できない。
ただ、見返してやろうという反骨精神から他国に行ってまでもメダルを取る選手は応援したい。何故ならば日本の競技団体で、不透明な選考をしている団体が少なくないからである。しかし、純粋にスポーツが好きでスポーツをやる素地も残しておいて欲しいというものが、オリンピックには無縁だった私にはある。
そう言えば、私の高校の同級生の子供が今度のロンドンオリンピック出場が決まったが、メダリストの父親という事になる。まだ競技も始まっていないうちから、というものではなく、世界レベルの競技なので、もうメダルは決まり。
同級生本人も高校時代というかもっと小さい子供の頃からやっていたわけだから親子二代の宿願が実ったというところだろうか。同じオリンピック出場を目指すにもそれだけ長い努力の積み重ねで出る人もいるという事だ。
パワーゲーム [国際]
ロシアの大統領にプーチンが返り咲いて、また強いロシアの復活を目指すという。
強いロシアとは何か、と思うのだが、台頭してきた経済力を背景に軍事力の増強を図る中国といい、政治とは何か、そう考えさせるものがある。
国際政治の中で、旧東側に属する中国、ロシアはもともと、封建社会の中で虐げられた人達が権力を握っていた一握りの勢力に対抗して人民の力を結集して政権を握ったのではないだろうか。そういう国であるからこそ、権益よりも人民の幸せや権利を優先すべき政策を行うべきはずなのだ。
しかるに、旧共産圏の勢力を拡大しようと動いていた国が、実は自国の権益の拡大だけを優先して国際社会の中で動いている実態は、何だろうかと思わせるものがある。
北朝鮮が国際社会の中で嫌われ者なのは皆さん御存知の通りだが、北朝鮮が瀬戸際外交で、他国から援助を引き出したり、国が崩壊に繋がらない理由は実は中ロ二カ国のサポートがあるからであり、このサポートの意味は単に、中ロが北朝鮮の存在自体が自国に有利であるというだけであり、北朝鮮の人民にとってそれがいいということではない。
そして今はシリアだが、イラクの時もそうだし、中東やアフリカで圧政を敷いている国家に対して、国際社会として共同して事に当たる、つまり人命が尊いものだとして、虐殺やジェノサイトのような事を国家が行う事を止めるように動くべきものをそういう国家に持っている利権を優先して、その利権を守る事にしか動かないというものが、この二カ国にはあったし、今もその姿勢を変えていない。
いや、人権のことをやかましく言っているアメリカにしたって、自国権益には敏感だし、中東への干渉行動だって中東の産油国に持つ利権の保護あるいは拡大も目論んでいるという裏の話だって時として出てくる。
まあ、それを言い出したら、日本だって、ミャンマーの非民主的軍事政権に対して、明確なシグナルを送るどころか、駐在大使などは軍事政権はよくやっているなどと馬鹿な事を言うくらいだから、どこも似たり寄ったりのようなものかも知れない。
そうすると、国際社会としては力を持っていない国は被抑圧側に回らざるを得ないので、そういう社会が人類が目指す社会なのかという事だが、そうではないだろうと思う。
であるなら、日本が国として国際社会に対し、一定の影響力を持つ間に、パワーゲームの馬鹿さ加減を明白にしていくべきではないのだろうか。
戦後日本は、再軍備を恐れるアメリカの意向もあり、軍事予算がない分、国家予算の負担が軽かったために科学等産業の基礎になるものへの予算を大きく取れた。その結果が、GDPが世界の2番目まで来るほどの成長という事になったわけであり、当時、やっかむ国もあったが、一つの成長モデルとして参考にする国もあった。
その中の一つがシンガポールなどだが、今の日本はその当時の事を全く忘れており、また官僚も国家という観念ではなく特定組織など一部の利益を図ることにしか頭がいっていない。つまり国を滅ぼすような人間の集団と化しているだけで、全く役に立っていないのが実情だが、中国というおかしな国家が、そして何かというと大国意識をかざすような国のロシアがそばにあることを理解していないといけない。
明治維新後の日本のような上げ潮の国家ならまだしも既に人口も成長も横ばい以上にはならないような国であれば、もう国際社会がパワーゲームであるとか、あるいは過度な競争社会であるとかいう事を抑制、つまり国際協調を率先していく国家になっていかないと、日本国民の安全安心も国際社会の平和も守っていけないのではないだろうかと思うのだが、意外と世界の首脳というのも狭量でレベルが低いのではないだろうかと、彼らの言動からそう見えてしまうのだが、政治の世界は何ともつまらない世界というのが情けない。
強いロシアとは何か、と思うのだが、台頭してきた経済力を背景に軍事力の増強を図る中国といい、政治とは何か、そう考えさせるものがある。
国際政治の中で、旧東側に属する中国、ロシアはもともと、封建社会の中で虐げられた人達が権力を握っていた一握りの勢力に対抗して人民の力を結集して政権を握ったのではないだろうか。そういう国であるからこそ、権益よりも人民の幸せや権利を優先すべき政策を行うべきはずなのだ。
しかるに、旧共産圏の勢力を拡大しようと動いていた国が、実は自国の権益の拡大だけを優先して国際社会の中で動いている実態は、何だろうかと思わせるものがある。
北朝鮮が国際社会の中で嫌われ者なのは皆さん御存知の通りだが、北朝鮮が瀬戸際外交で、他国から援助を引き出したり、国が崩壊に繋がらない理由は実は中ロ二カ国のサポートがあるからであり、このサポートの意味は単に、中ロが北朝鮮の存在自体が自国に有利であるというだけであり、北朝鮮の人民にとってそれがいいということではない。
そして今はシリアだが、イラクの時もそうだし、中東やアフリカで圧政を敷いている国家に対して、国際社会として共同して事に当たる、つまり人命が尊いものだとして、虐殺やジェノサイトのような事を国家が行う事を止めるように動くべきものをそういう国家に持っている利権を優先して、その利権を守る事にしか動かないというものが、この二カ国にはあったし、今もその姿勢を変えていない。
いや、人権のことをやかましく言っているアメリカにしたって、自国権益には敏感だし、中東への干渉行動だって中東の産油国に持つ利権の保護あるいは拡大も目論んでいるという裏の話だって時として出てくる。
まあ、それを言い出したら、日本だって、ミャンマーの非民主的軍事政権に対して、明確なシグナルを送るどころか、駐在大使などは軍事政権はよくやっているなどと馬鹿な事を言うくらいだから、どこも似たり寄ったりのようなものかも知れない。
そうすると、国際社会としては力を持っていない国は被抑圧側に回らざるを得ないので、そういう社会が人類が目指す社会なのかという事だが、そうではないだろうと思う。
であるなら、日本が国として国際社会に対し、一定の影響力を持つ間に、パワーゲームの馬鹿さ加減を明白にしていくべきではないのだろうか。
戦後日本は、再軍備を恐れるアメリカの意向もあり、軍事予算がない分、国家予算の負担が軽かったために科学等産業の基礎になるものへの予算を大きく取れた。その結果が、GDPが世界の2番目まで来るほどの成長という事になったわけであり、当時、やっかむ国もあったが、一つの成長モデルとして参考にする国もあった。
その中の一つがシンガポールなどだが、今の日本はその当時の事を全く忘れており、また官僚も国家という観念ではなく特定組織など一部の利益を図ることにしか頭がいっていない。つまり国を滅ぼすような人間の集団と化しているだけで、全く役に立っていないのが実情だが、中国というおかしな国家が、そして何かというと大国意識をかざすような国のロシアがそばにあることを理解していないといけない。
明治維新後の日本のような上げ潮の国家ならまだしも既に人口も成長も横ばい以上にはならないような国であれば、もう国際社会がパワーゲームであるとか、あるいは過度な競争社会であるとかいう事を抑制、つまり国際協調を率先していく国家になっていかないと、日本国民の安全安心も国際社会の平和も守っていけないのではないだろうかと思うのだが、意外と世界の首脳というのも狭量でレベルが低いのではないだろうかと、彼らの言動からそう見えてしまうのだが、政治の世界は何ともつまらない世界というのが情けない。
恥ずかしいし心が痛まないのだろうか [社会]
先日、関東を襲った竜巻で被災した地域の一人暮らしのお年寄り女性のところに5人くらいの人数でトラックできた連中が瓦礫の片付けや屋根の修理といって作業をした後、20万円ほどの金額を取っていったという話がテレビで報道されていた。
今回の被災に関して瓦礫処理などもちろん無料だし、色々被災への援助がある。東日本大震災でもそうだが、被災者へは瓦礫処理も含めて何とか自立できるようにと皆が義援金を出すことはあっても被災者から瓦礫撤去作業などを含めて金を取ろうなどという人物はいないはずだ。
それが今回は5人もの人数でそういう事を行っているのだが、仮にそう言う声が掛かっても、被災者から金を取るなど言語道断と断るどころか窘めるのが筋だろう。それを集団でこういう事をするのが出てくるなど、全く警察官以外にこういう馬鹿な奴がいるかと思うと情けない。
こういう事をするくらいだからやった連中も決して金があるようには思えないのだが、弱者をいじめるようなことをして心が痛まないのだろうかと思う。
一時期、リフォーム業者の中に悪徳業者がいて、年寄り家庭ばかりを狙って、不要どころか、家や土台を傷つけてまで高額の料金請求をして問題になったことがあった。
そういう流れで、同じようなことをしていた連中がこういう被災者をターゲットとして金をむしり取るようなことをしているとしたら、問題である。
被災者にとっては家や家具の再建や修理などお金はいくらあっても足りないくらいかも知れないし、預貯金を下ろすにしても印鑑や通帳なども手元から無くなっているかも知れない状況では貴重な現金ではなかったのではないだろうか。
昔から人の不幸につけ込むゲスな連中として火事場泥棒というものがあったが、口入れ屋稼業などと同様、自分で汗して働くよりは人の上前をはねたり脇の甘い人から騙すようにして金を取ったり、社会の進化を感じられない状態がこのところ続いている。
例え貧しくても人間として豊かな社会のほうが、本当は人間は幸せなのではないだろうかと私は思うのだが。
今回の被災に関して瓦礫処理などもちろん無料だし、色々被災への援助がある。東日本大震災でもそうだが、被災者へは瓦礫処理も含めて何とか自立できるようにと皆が義援金を出すことはあっても被災者から瓦礫撤去作業などを含めて金を取ろうなどという人物はいないはずだ。
それが今回は5人もの人数でそういう事を行っているのだが、仮にそう言う声が掛かっても、被災者から金を取るなど言語道断と断るどころか窘めるのが筋だろう。それを集団でこういう事をするのが出てくるなど、全く警察官以外にこういう馬鹿な奴がいるかと思うと情けない。
こういう事をするくらいだからやった連中も決して金があるようには思えないのだが、弱者をいじめるようなことをして心が痛まないのだろうかと思う。
一時期、リフォーム業者の中に悪徳業者がいて、年寄り家庭ばかりを狙って、不要どころか、家や土台を傷つけてまで高額の料金請求をして問題になったことがあった。
そういう流れで、同じようなことをしていた連中がこういう被災者をターゲットとして金をむしり取るようなことをしているとしたら、問題である。
被災者にとっては家や家具の再建や修理などお金はいくらあっても足りないくらいかも知れないし、預貯金を下ろすにしても印鑑や通帳なども手元から無くなっているかも知れない状況では貴重な現金ではなかったのではないだろうか。
昔から人の不幸につけ込むゲスな連中として火事場泥棒というものがあったが、口入れ屋稼業などと同様、自分で汗して働くよりは人の上前をはねたり脇の甘い人から騙すようにして金を取ったり、社会の進化を感じられない状態がこのところ続いている。
例え貧しくても人間として豊かな社会のほうが、本当は人間は幸せなのではないだろうかと私は思うのだが。
教員や教員OBに当たる気はないが [政治]
年金問題で年金の一元化の話が出ている。
国民が路頭に迷うことは政治としては許されることではない。だから年金のような保証システムが整備されることに反対するものではないし、自身も何とか年金だけは納め続けてきた経緯もあり、無事に年金制度の維持が為されることを望みたいというものがある。
しかし、思うに国民年金、厚生年金、共済年金と分かれているものの一元化というが、一元化が悪い事ではないので、明らかに反対する意見というものが出ていないが、隠れたいとが透けて見えないかというとそうでもない。その辺の話をすると穿った見方という向きもあるかも知れないが、だったら、あんまり欲をかいた事をやるなよ、そう思うのだが。
皆さん御存知の通り、共済年金には税金の上乗せがある。これは国民年金や厚生年金とは違うところだ。
そして今までは、厚生年金などの原資を官僚や官僚OBが天下り先の確保のために勝手に無駄遣いする構図を敷いてきていた。
しかし、グリーンピア等の例でもわかるようにあまりに野放図に年金原資から湯水のように無駄遣いしてきたことが批判されて、原資の返還もないままにそれらに投入した資金が返らないという痛い処理はあったものの、何とか年金制度の継続が図られてきた現在、官僚達が危惧する事態が生じてきた。
それは今の年金制度でも言われる少子高齢化という構図が何人で何人を支えるかという年金制度の基本的構図に影響を与え始めて来ているという事である。
これまでは、共済年金は他の年金制度と一元化しようなどという話は出てこなかった。何故ならば共済年金のみが税金で上乗せがあるという優遇措置が取られていたからである。わざわざ他の制度よりも優位なシステムを他あの制度と合併させようなどとは思わない、そういう事である。
ところが年金原資も合わせて将来の構図を見ていくと、共済年金は将来、受給者を支える人数が2人に満たないという厚生年金などよりもずっと負担が大きくなることがわかった。これでは将来、他の年金制度よりも破綻する可能性が高くなる。
ということで、慌てて、官僚が黒子に徹して表には一切出ずに、民主党など政党主導で年金制度改革として一元化の話が出てきたように装っているというのが実情である。でなければ今まで、他の年金制度よりも有利であり、しかも厚生年金などの原資からは多額の無駄遣いはしこそすれ、自分たちの年金からは貸し付けであって、ちゃんと黒字決算ができる投資をしてくるわけがない。
であるにもかかわらず、支える人数にかげりが出てくると、手の平を返したように一元化に持っていこうとする。全く官僚なんて何を考えているのか、そう思う。だったらこの原資だけは渡せないなどと聖域を作らず、全て原資を出して一元化に対応すべきではないか。さらには厚生年金で使った無駄金の補填を共済からもすべきと思う。
だったら、一元化の意味はあると思う。俺の金は俺のものお前の金も俺のもの、こういう子供じみた話し、本来なら許されるものではないと思うが、一元化の話を裏で牛耳っているのが官僚なので、結局は官僚達に不利な話で決着することは絶対にあり得ないだろうと思う。
しかし、汗水垂らして働いた人達の、本来受けとれるものからも自分たちに回そうなどと考える時点で、官僚という人種が如何に卑しいか、わかろうというものである。職業に貴賤無しとは言うが、それこそ賎しい職業があるとすればそれは官僚職だろう。
国民が路頭に迷うことは政治としては許されることではない。だから年金のような保証システムが整備されることに反対するものではないし、自身も何とか年金だけは納め続けてきた経緯もあり、無事に年金制度の維持が為されることを望みたいというものがある。
しかし、思うに国民年金、厚生年金、共済年金と分かれているものの一元化というが、一元化が悪い事ではないので、明らかに反対する意見というものが出ていないが、隠れたいとが透けて見えないかというとそうでもない。その辺の話をすると穿った見方という向きもあるかも知れないが、だったら、あんまり欲をかいた事をやるなよ、そう思うのだが。
皆さん御存知の通り、共済年金には税金の上乗せがある。これは国民年金や厚生年金とは違うところだ。
そして今までは、厚生年金などの原資を官僚や官僚OBが天下り先の確保のために勝手に無駄遣いする構図を敷いてきていた。
しかし、グリーンピア等の例でもわかるようにあまりに野放図に年金原資から湯水のように無駄遣いしてきたことが批判されて、原資の返還もないままにそれらに投入した資金が返らないという痛い処理はあったものの、何とか年金制度の継続が図られてきた現在、官僚達が危惧する事態が生じてきた。
それは今の年金制度でも言われる少子高齢化という構図が何人で何人を支えるかという年金制度の基本的構図に影響を与え始めて来ているという事である。
これまでは、共済年金は他の年金制度と一元化しようなどという話は出てこなかった。何故ならば共済年金のみが税金で上乗せがあるという優遇措置が取られていたからである。わざわざ他の制度よりも優位なシステムを他あの制度と合併させようなどとは思わない、そういう事である。
ところが年金原資も合わせて将来の構図を見ていくと、共済年金は将来、受給者を支える人数が2人に満たないという厚生年金などよりもずっと負担が大きくなることがわかった。これでは将来、他の年金制度よりも破綻する可能性が高くなる。
ということで、慌てて、官僚が黒子に徹して表には一切出ずに、民主党など政党主導で年金制度改革として一元化の話が出てきたように装っているというのが実情である。でなければ今まで、他の年金制度よりも有利であり、しかも厚生年金などの原資からは多額の無駄遣いはしこそすれ、自分たちの年金からは貸し付けであって、ちゃんと黒字決算ができる投資をしてくるわけがない。
であるにもかかわらず、支える人数にかげりが出てくると、手の平を返したように一元化に持っていこうとする。全く官僚なんて何を考えているのか、そう思う。だったらこの原資だけは渡せないなどと聖域を作らず、全て原資を出して一元化に対応すべきではないか。さらには厚生年金で使った無駄金の補填を共済からもすべきと思う。
だったら、一元化の意味はあると思う。俺の金は俺のものお前の金も俺のもの、こういう子供じみた話し、本来なら許されるものではないと思うが、一元化の話を裏で牛耳っているのが官僚なので、結局は官僚達に不利な話で決着することは絶対にあり得ないだろうと思う。
しかし、汗水垂らして働いた人達の、本来受けとれるものからも自分たちに回そうなどと考える時点で、官僚という人種が如何に卑しいか、わかろうというものである。職業に貴賤無しとは言うが、それこそ賎しい職業があるとすればそれは官僚職だろう。
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