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年頭のご挨拶 [日記]

少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年のブログ書初めです。

昨年末、老母が食事のトラブルで寝込んでしまい、いつものトラブルと、回復するのを待っていたところ、深刻な症状に陥り、慌てて、かかりつけの医院に連絡して薬の処方をお願いしたところ、本人の症状を見ないと薬の処方はできないという。

まあ、妥当な回答なのだが、本人は既に飲まず食わずどころか十回近い吐瀉を繰り返しており、歩くどころか起き上がることもできない状態。

年末で多忙な中、束の間、休んでいた身内を呼んで何とか、掛かりつけの医院に連れて行ったが、エコー診断レベルでは手に負えないとの事で、急遽、救急車の手配という事になって、何とか、以前に入院したこともある病院に搬送してもらった。

救急対応という事で、暮れの忙しい中、医師には夜遅くまで内科、外科と診察してもらって、数日の入院の結果、ギリギリ大晦日という時期に退院できる形になったが、結局、年末の大掃除は中途半端で、家の中は、入院に必要なものなど、探し回ったり、逆に入院から、退院で持ち帰ったり、散らかりまわった状態。

例年、何とか大掃除をしている身からすると、この状態は気持ちが悪くてしょうがない。
ギリギリの退院で、老母も家で正月を迎えるという事もあって、慌てて、正月用の食材を購入したり、煮込みや黒豆など作ったり、まあ、これだけ忙しい年末・年始は経験したことがないが、結果として年末に、無事な一年であったと思えればいいのだが、さて、皆さんの年末年始はどうでしたでしょうか。

良心のなくなった自民党政治 [政治]

いよいよ今年も押し詰まり、一年の垢を落とすべく、いろいろ忙しい中、何とかこれだけは書いておきたいと思う事があったので、時間のない中、乱筆(ワープロだから関係ないか)乱文で失礼とは思ったが、アップする事にした。

2016年の年末を控えて、国会会期末に合わせるように自民党が、ばたばたと通した法案とロシアとの首脳外交。

違和感を感じた人も多かったと思うのだが、その違和感が、何故か、政治の舞台に反映されるような声となっていない気がする。

以前、竹中平蔵という人物が、派遣業をニュービジネスとして、その派遣業で名を売ったグッドウィルの社長をニュービジネスの旗手と持ち上げて握手している写真雑誌に載っていたことがあったが、派遣業は江戸の昔で言えば、口入れ屋であり、わずかばかりの手間賃で稼ぐ底辺の人たちの上前を掠め取る仕事として、世間では受け取られていた。

つまり、まっとうな人間ならば、汗水たらして稼いだ人たちの、わずかな手間賃からさらに上前を撥ねるような搾取する仕事を業としてやろうなどとは考えない、そういう口入れ屋稼業が一時期はヤクザ、暴力団の資金稼ぎとなる肉体作業の手配師の仕事を反社会的な行為として禁止してきたという歴史を無視して、竹中平蔵が何を勘違いしたか、ニュービジネスなどと称して、派遣業の対象業種拡大を図り、国民の中の格差拡大をもたらしたというわけだが、その張本人がその派遣業の真っただ中にいる企業の顧問、のちに会長として多額の報酬を受け取っている、というまことに、まっとうな人間ならば恥ずかしいことをしたのだが、そういう事、この国では、非難もしなくなっている。

大臣という職権を利用して派遣業に便宜を図って、後に、その中の一社から報酬を受け取るのは、収賄とは違うのだろうか。

このようなことを平気で行う自民党という政党だからなのかもしれないが、カジノ法案を簡単に数の力で通してしまった。

ビジネスの世界では、ウィンウィンというのが、取引する双方でお互いに満足するビジネスという事になる。つまり物の交換、物とサービスの交換等において、納得する取引という事になるのだが、カジノの場合、どうだろうか。

純粋に、プレーを楽しむという人たちが全くいない、などとは言わない。しかし、その多くは射幸心ではないが、多額の金を得ることを目的として、時間と金をつぎ込み、結果として満足感を得られないすってんてんの状況でカジノを後にする、そういう事ではないだろうか。

いわば、多くの人の不幸を代償に売り上げを上げるというのがカジノである、ということであり、それを日本観光に訪れる外国人観光客を対象に導入する、という。東京オリンピック招致で語られた「おもてなし」が、このカジノの考え方のどこにあるのだろうか。

他人の懐を貧しくさせてまでも自らは潤いたいというのが、日本の心なのだろうか。このどこに「侘び寂び」の文化があるのだろうか。

本当におもてなしの心があるならば、安くていいものをサービスして喜んでもらえれば、リピーターも増えるだろうし、日本という国に行ってみたい、そういう外国人も増えるのではないだろうか。

カジノですった悪い思い出しかないようなものや大型のリゾートの目玉として日本の良さを知ってもらうような機会の失われるものを経済成長の目玉とするなど、いよいよ、この内閣の底が見えた、そういうものではないだろうか。

さて、その首相自らが企画したロシアの大統領との首脳外交。外国から見たら、どのように映っただろうか。
 EUはロシアによるウクライナのクリミア併合を非難して経済制裁を加え、さらに強化しようとしている。EUやウクライナから見れば、日本の行為はスト破りに映らないだろうか。日本とて、ウクライナという国の置かれている立場が他人ごとではない事を思い浮かべるべきである。

 決して拡張主義を悪い事と認めようとしないどころか、他国を非難する一方で自国は軍国主義をひた走っている中国。今にも尖閣に上陸して既得権化しようとしている中国という国の、そのターゲットとなっている日本が対中経済制裁を国際社会に訴えて、それを無視するかのように自国の利益だけ考えて行動するEU諸国が出てきたら、どうだろうか。

 中国の日本に対する無礼な行動があってさえ、フランスやイギリスなどが対中貿易を拡大しようと首脳外交をしていたのは、ほんの数年前であり、我々日本人は嫌な思いをしたはずだと思うのだが。

 心ある人であるならば安部の首脳外交、眉を顰めているだろう。自分たちの故郷を追われた北方領土の住民の心情を慮らないわけではないが、ロシアの前身である旧ソ連による関東軍やその軍属のシベリア抑留では北方領土住民の人口をはるかに超える死者を出している。

 東京裁判では旧日本軍の捕虜虐待が問われ、前線の兵士達がその罪を問われて処刑されている一方で、旧ソ連の、シベリアに抑留された、捕虜ともいうべき旧日本兵やその軍属に対する非人道的な扱いについて、問題にされていない。日本が問題にしなくてどこの国が問題にするだろうか。日本国政府として、どのように考え、どのようにしていくのか、はっきりとさせるべきことだと思う。それができていないのは、先の大戦の総括を日本が全くしていないからではないだろうか。

自民党には、先の大戦の総括をされることで困る人物が多数いた、その事と総括が行われてこなかった事とは、無縁ではないと思うが、そのように自分たちに都合の良い事ばかりしてきた政党が果たして本当に政権政党としてふさわしかったのか。

かつて東条英機の孫なる人物がマスコミに出て、偉そうにいろいろ述べていたが、同じように見ると、旧戦犯の孫が、その祖父と同じように日本を危険な国にもっていっている気がしてならない。

そして一番、信用のできない国の一つであるロシアに経済協力するという。経済協力する対象に、北方領土も入っているらしいが、経済的に価値が上がった地域を他国に引き渡すなどあり得ないのではないだろうか。まして自国の利益優先で国際的な条約を反故にして他国に攻め入った旧ソ連の後継国であるロシアなど信用するほうがおかしい。

平和国家らしくはないが、例え百年、二百年、いや千年掛かろうと日本は北方領土を取り戻す、そう宣言して軍事的圧力をかけ続ければいい。北方四島が日本の領土というならば、これの奪回は日本国憲法や国際法で保障される自衛権の行使に他ならないのではないだろうか。

そういう論議をもっと日本国内で活発化させてこそ、ロシアへの圧力となる。当然、そのような地域に民間のロシア人が住み続けようとか、あるいは入植しようなどとは思わないだろう。

大国ロシアなどとロシア人自身や日本人も思っているかもしれないが、国土面積はともかく、人口では1億3千万弱と、1億4千万強の差。思うほど人口では差がない。ましてやGDP比では4兆1千億ドル強の日本に比してロシアは1兆3千億ドルと3兆ドル近い差がある。

どう見たって大国と言うなら、ロシアよりもむしろ日本のほうだろう。ロシア人のほとんども、そういう日本の実力を知らないからこそ、甘い事を言ったり、ロシアの固有の領土だなどと、事実を知ろうとせずに、日本を見下した発言に繋がっている。

そういう国を相手に、遊ばれるような外交などするべきではない。抑留されて彼の地で亡くなった日本人に失礼というものである。外交官がしっかりと外交官らしい仕事をしていれば、その積み重ねで、プーチンのような態度はとれない、そのように一般のロシア人もその代表である大統領も取れなくなっていたに違いない。

ロシアと日本の、GDPを始めとする国力の差は、今後もどんどん差が開くことはあっても縮まる事は当面ないのだから、何を焦っておかしな外交をやるのか。これはもう、ただただ安倍晋三という人物の個人的な利益(自身あるいはその祖父や父親の評価を含む)に依存すること以外何物でもないだろう。

ずるい事 [報道]

電通の新入社員の自殺から電通という会社の負の体質が色々と報じられ、それをきっかけに行政が動き出したが、日本人社会は、そういう事の起こる体質だっただろうか。

研修という名の発展途上国からの研修生受け入れの農家、企業でも似たようなことがずっと報じられてきている。つまり日本人の雇用であれば派遣等短期であってさえ時給800円は払わなくてはならないところ、相手の足元を見るかのような低い給与で働かせている。

研修などというのは全くの名目であって、実質は発展途上国からの低賃金労働者の出稼ぎ、というのが実態である。それでも自国で働くよりは金になる、そういう事で我慢している労働者も多いらしいが、本来の技術習得という観点から外れたままにただただ、労働力としてしかあてにされていない、という実態に逃げる労働者も多い。

最近聞かなくなったが、一時期、日本で悪いことをする中国人の多くが、研修生名目で日本に入国、その後、研修などではなく単に、低賃金労働者としてしか見られていないという事で、逃げ出してそのまま、日本国内で犯罪に手を染めてしまっている、そういう事が多く報じられていたが、いまだに日本のやくざ紛いで報じられる中国人が多いのは、その後もおかしな研修制度が続いている,その影響か、と見てしまうがどうだろうか。

この研修制度、お互いの思惑が一致してなどというものではなく、単に低賃金労働者を確保したいという農家、企業の考えを行政が、それと知りながら、放置しているに過ぎない。

先月、レタスが400円近い値を付けたことがあった。立派なレタスならまだしも、以前のものと比べて、お世辞にも立派とは言えないものである。それとなく見ていたが、買い物客は皆素通りである。昼食には必ず山盛りのレタスを食する我が家でもさすがに、この時期、野菜ジュースや他の葉物で代替したが、高くても買う家庭はあるだろう。

農産物にしろ工業製品にしろ適正価格というものがあると思う。無理な低価格販売のために、その犠牲を他国からくる研修生という名目の低賃金労働者に強いるのは筋違いである。研修は研修で、しっかりその目的を果たすべきであり、嘘で人を釣るべきではない。

いつから日本はこういうずるい事を許す社会になったのだろうかと思う。売るために低価格にする、そのこと自体は許されない事ではなく、むしろ戦略としては当たり前だと思う。しかし、その手段としてやっている事が、情けない。こんなもの戦略でもなんでもなく単に、弱い者いじめである。

 そういう意味で、母子家庭で育ち、母親に楽をさせたいと、懸命に勉強して世間が称賛する東大という大学まで出た、その新入社員を広告業界の花形と世間に知られた電通という会社は使いこなすどころか、花開く前に散らせてしまっている。東大に入る、そこまでの過程で誰もその人物を非難する話ではないと思う。そういう頑張り屋の新入社員を自殺に追い込む企業風土とはどういうものだろうか。

先輩社員のみならず、そういう風土を看過してきた経営者に責任がないなどとは誰も言うまいが、日本の経営者も、また、おかしな風潮を看過している企業社員も、本来の働く意味合いを今一度考えてみてはどうか。

スポーツ馬鹿と錦の御旗 [所感]

タイトルを読むと、なんと過激な、そう思われる向きが大半かもしれない。

まあ、そのくらいの過激な言葉を使わないと、声が関係者に届かないかもしれないので書いたのだが、あまり読者のいない当ブログでは所詮遠吠えに過ぎないか。

オリンピック会場の整備費が当初予算の7000億余から3兆円を超すという試算で小池都知事の見直しの動きに対して組織委会長の森喜朗元首相やボート競技の日本組織の代表あるいは国際競技会の代表からそれを抑える発言があった。

以前にも書いたが、日本のスポーツ選手がなかなか政治的発言をしない、この事に私は違和感があるのだが、スポーツ選手と言っても人間である事、暮らしているのは一般社会の中、そして毎日、買い物はするだろうし、食事もする、そういう事を考えると自分たちの暮らしに影響する政治に無関心、そういうわけにはいかないはずだと思うのだが。

それともそういう事を考える脳の部位までが筋肉に変わってしまった、いわゆる筋肉馬鹿、そういう事なのか。いやいや、そうではないだろう、そう思う。スポーツ選手が政治的発言ができないようなそういう環境がある、そう見た方がよいのだろう。

先のリオ・オリンピックの壮行会で森元首相が選手の中から“君が代”を力強く歌う声が聞こえてこなかった、という趣旨の苦言が呈されたが、スポーツ評論家の玉木氏が君が代は皆が大声で斉唱するような歌い方には似合わない国歌だと森元首相の発言に逆に苦言を呈していた。

私も同感だ。残念な事に、この発言に影響された日本選手が表彰台で君が代を歌っていたが、せっかくの金メダルを台無しにした感があった。対してアメリカの水泳選手のフェルプスは自国国歌を歌っていなかった。しかし、だからと国歌を軽んじていたわけではなく国旗を見つめ胸に手を当てて国歌をじっと聞いていたが、今まで、日本選手のほとんどもそうであったし、その方が自然だと思うのだが、こういうもの、どうこうしろ、そのように強制するものではないだろう。

そういう事に影響するようなことを組織委員会の会長が言うべきではない。それこそアスリートファーストの精神をひっくり返して役員が先行するようなスポーツ界、そういう事になるのではないだろうか。だから選手たちが本音を語りにくい土壌が生まれる素地が日本のスポーツ界にはある、そういう事だろう。
フェルプスが歌っていなかったから、国旗や国歌を軽んじていたなどと批判する人物など一人もいないと思う。たった一人の人物が、例えば、オリンピックの組織委の会長、そういう立場の人物が言ったから、それで右に倣え? おかしな話だ。元スポーツ選手であったかもしれないが、現役ではない、スポーツの精神を本当に理解しているとは思えない人物が発言したら、右へ倣え? スポーツはそういうものではない事、逆に示してもいいと思う。

元首相ならば現実的なマネージメントという観点も組織委員会のトップとして、しかも都から委託された組織のトップであるならなおさらであるはずだ。であるのに、今更、という言い方で予算の精査どころか、見直しの動きにブレーキをかける、おかしな話だ。

こういう事など見ると、やはり森喜朗という人物、密室でしか首相になれなかった、その程度の資質の男、そう見られても仕方がない。

スポーツ選手だから一般常識もない、そのように軽んじられる、そういう事があってはならない。だが、選手の側もそういう環境下にあるからと、何も発言しなければ、相変わらずの筋肉馬鹿、そういう見方しかされない事も確かだろう。
リオ・オリンピック壮行会での森発言は逆にスポーツ選手が人並みの政治的発言をしていけるいい機会だったと思うのだが、黙ってそれに従ってしまっているさまは、自分たちで首を絞めた感がある。

私がここのブログで現首相の安倍や元首相の森を批判したから国賊であるとか日本という国家を軽んじているなどと短絡的に見る人はほとんどいないだろう。私はおかしなことに対しておかしい、そう書いているだけであり、日本を取り巻く韓国中国、北朝鮮など、日本よりもおかしい国はいや、国民も含めてだが、より厳しく批判している。
日本国民とか何とかよりも先にまず、人間としてどうか、そういう事の方が気になるのであり、森元首相なども日本人として云々より先に、人間としてどうか、そういう視点で見てしまうからである。

小池都知事がで、東京オリンピック予算の見直しに着手した事への批判の錦の御旗が、東京オリンピックを成功させよう、その言葉であり、今までどのように決めていたかという透明性を欠いた事への反省はしないで、見直しとか批判という事に対しては、錦の御旗に対して、いかにもそれを失敗させようとしているかのような言い方をするのだが、そのような過剰な出費で、本当に都民が祝える、あるいは喜ぶオリンピックになるだろうか。

組織委員会なども我々から見ると立派過ぎると思うビルに入っているらしいが、オリンピックの御旗の元ならば何でも通る、などという時代ではない事、組織委員会こそ肝に銘じてほしいものだ。

完全予約制 [日記]

後期高齢者医療費の特別割引が廃止されるという。医療費の増大は医療を受ける本人だけでなくそれを支える社会保険にとっても重大なものだと思う。
 
 さて、そういう社会背景がある中、車の6ヵ月点検を受けるために販売店のサービスに持っていく2日前に、久しぶりの洗車を行った。久しぶりという事もあって、終わってみると3時間も掛かっていた。

 さて、その翌日、思ったよりも暑かったのだが、水分を補給しなければと思いつつ、結果として水分補給が少なかったのだろう、翌日の朝食後、車をディーラーに持ち込めるように準備をしていて、下腹部に鈍痛を覚えだした。

 これはまずい、そう思ったが、後の祭り。何度も経験したことのある激痛へと変化していったが、車の6ヵ月点検の事もあり、何とか落ち着くところに、そう思って色々と体を動かしてみたが、激痛からは逃れられない。

 結局、若干気温が低い中、油汗と吐き気と下痢気味への対処で、パンツ一丁になってタオルを巻いて頑張ったがもういけない。あちこち体の不調があっても寿命と、達観して医者にかかる気がない事、自ら縛りとしていたのだが、さすがに、この激痛に耐えられずに、以前通院していた医者に、タクシーを呼んで、駆け付けた。

 ところが、である。「当院は完全予約制なので予約がないと受診できません」受付でこう言われた。以前掛かっていた事や、他の医者でなくわざわざそこに来た、そういう事を伝えて割り込む形で2時間後のところに割り込む形で入れてもらったが、痛さには波がある。

 待合室で待っている間に、どうにも耐えられない痛みに襲われて、状況を確認に来た看護師に改めて、早めの受診を頼んだ。「楽になれる姿勢でお待ちください」そう言われて待合室の長椅子に横になった途端に、すっと憑き物が取れたような感覚で楽になり、しばらくして名前を呼ばれて診察してもらったが‥。

「うちは完全予約制なんだから、痛いときにだけ来るな。(カルテを)見れば2008年に来ているが定期的に診察を受けていればこういう事にならない。完全予約制なんだから、自分の都合だけで受診に来るな」とまあ、こういう感じできついことを医師に言われた。

 その時には痛みが治まっていたので「じゃあ、けっこうです」そう言って帰りたかったが、大人げないし、たまたま痛みが和らいでいるだけであって、薬は必須なので処方箋をもらわない事には高いタクシー代を使って行った意味がない。
使用したタクシーの運ちゃん、そして点検をキャンセルしたディーラーの担当者も何度も経験したという腎臓結石。彼らは、注意事項を守って、特に通院しているわけではなく、何度か経験しているという事は、痛くなったら通院する、そういうレベルである。

医院での医師に言われた言葉を老母に話したら、憤慨して早速、他の身内に話して別の医師を探してきた。患者の立場の人間の話を集約すれば、皆、この腎臓結石で定期的に診察を受けている人間などいない、そういう事だったのだが‥。

さて、この病気、医療費の肥大化が問題になっている中で、毎月通って、診察を受けて、薬を処方してもらわないといけない病気なのだろうか。以前、通院していた時の事を思い出したが、検査と称するものを含めて診察と薬代で一回に1万円を軽く越していた。

もちろん、まだ年金などもらえる年齢ではなく母親の介護で仕事も辞めて収入がない中、月一回では済まない医療費が一回1万円を越せば暮らしていけない。たまたま、自分のマンションの内装工事の準備のために三か月以上通院が無理になったために、そのまま通院しなくなったのだが、それから8年、通院しなくても良かった、という結果が残っている。

 他の病気まで否定する気はないが、少なくとも腎臓結石で完全予約制なるシステムに巻き込まれて、毎月通院の義務を課される意味は何だろうか。私の勘繰りは固定客として定常的な収入源の確保がこの完全予約制の意味ではないだろうか、と思う。しかし、社会保険の将来を考えればいや将来ではなく今だって困っているのにこれでいいのだろうか。

 来週の水曜日に急に胃が痛くなりますからその前に予約を取りたいのですが、などというような都合のよい病気ばかりではあるまい。医は算術なり、そう思っている。評判の悪い医師だが、医者としての腕がこちらのニーズを満たせばいい、そういう思いで以前も通っていたが、今回の出来事、あまりいい気はしない。カルテを見れば明らかに私の方が年長である事、医師にもわかっていてさえも、口の利き方が悪かったが、年の話をしなくても対応が悪い、それが母親が感じた医師の素養であった。

自縄自縛 [国際]

社会の劣化、いやいや実は政治の劣化が引き起こした結果が社会の劣化につながっていると見るのだが、政治の劣化があっても社会の劣化が進むとは限らない。
しかし、政治家の慢心が社会構造を変えていっていることは確かだと思う。

正しいことを正しいと言える、さらに言えば、実行できる社会。
本来であれば、自身や自身が所属する政党等の組織の利益優先などと政治家としてはおかしな言動をしなければ国民にだって堂々と説明できるものだと思う。

しかし、それをやれない能力のままに政治家などやっているから、迎合政治、いわゆるポピュリズムに走らなければならなくなる。

有名なのはローマの闘技場等でのエンターテイメント政治で大衆の機嫌取りばかりやっている間にローマの内外で情勢の変化が起き、いざ、という時にローマ自身が持つものでは何ら対応できなくなっていた、という事があったが、その後も、そういう歴史の教訓を生かせずに、国として潰れていった国が数多くある。

であるのに、その事を学べずに同じような事をやっている国がある。
全く馬鹿な事だと思うのだが、しかし、単に自滅、そういう事にならない場合、いわゆる傍迷惑、という事で、巻き込まれる国もたまったものではない、そういう事なのだが。

社会の試験ではないが、ここまで読まれてきた方は、どこの国のことを私が言おうとしているのか、そう思っているだろうが、ポピュリズムと言えば、政治的には、もう後進国の典型だから、お分かりだと思う。

日本に技術の支援を仰ぎ、日本が戦後賠償の代わりに資金的に支援してきた、その一方で反日教育をしてきた中国の事なのだが。

本当に、この国の政治家連中、馬鹿としか言いようがない、そう思っている。
何かにつけて、大衆の数を頼みにした動きが気になるという。反政府の動きにならないように、政府の人気取りとして反日教育をしてきた大衆には、反日の強硬姿勢を取れば政府の人気が上がり、反政府の動きにはならない、そういう事をやっている。

しかし、これは掲題に書いた通り、自縄自縛以外の何ものでもない。正しい政治を行っていくべき政府あるいは政治家がフリーハンドでない、その事からどういう結果が待ち受けるかわからない、そういう危険な路線上を走っている、という事になる。

尖閣諸島が中国の核心的利益に属するものだという、こんな話、中国の過去からは出てこない。
一般中国人など、中国大陸から遠く離れた尖閣まで出てくる話でもないし、そこから利益を得ていたという話でもない。

海底の地下資源の話が国連の調査で出てきた途端に、自国領などと言い出す話も、政治家として、どうかと思う。一度口にすれば、国民の側は、それに洗脳されて、思い込む。結局、日本は戦前から侵略国家の体を変えていない、などと勝手な話に持っていくだけの話だが、これ中国政府の自縄自縛でしかない。

政府とか、そういうものない方が、おかしな話にならない事が多いのではないか、そう思うのは、日本だけでなく、国際的に政治の劣化が激しいからなのだが。

お隣韓国も嫌日教育を竹島がらみで行っているというのだが、これも同じで、政府の支持率が下がると、必死で日本たたきを行って支持率を上げるという。
韓国も今、景気低迷の上、すり寄っていた中国からはアメリカミサイル防衛システムの韓国配備で政治的におかしな状況になり、経済的に頼る相手を探しているらしい。

もちろん、真っ先に日本が支援を得る相手として浮かぶのだが、従軍慰安婦問題など、世界中で告げ口外交を展開してきた、その同じ人間が抱きついてくる、という事だが、日本人としていい気持ちはしないだろう。

だったらまずは、世界のあちこちで従軍慰安婦の像とやら、日本人が腹立たしく思うもの、まずは撤去して、自分たちのおかしな姿勢を正してからにしてはどうか、などと狭量にも私は思ってしまうのだが。

いや、これは私個人が個人的にサムソンという韓国企業の韓国人に彼らのミスを棚に上げて私を旧日本兵のような態度だと言い放った、そういう経験から来るものだが、世界一の企業だと韓国人自身が思う、その企業に働いているという傲りから出た言葉だと思う。

正しく自分たちのミスを認めその処理をすべきところ、世界の一流企業だからミスなどしないと言い張り、問題を大きくした担当者と同じレベルのことが国を代表する政治のレベルで行われているのが韓国という事だろうか。

いやいや、中国であれ韓国であれ日本であれ、政治が国民のために動いていると実感させるものが少なくなっている。だったら、市民革命を起こして、今のNGOに権限を委ねた方がよっぽど世界の市民は幸せなのではないだろうか、そう思うのだ。なんといっても膨大な軍事費が各国からなくなるのだから、皆さん、かなりいい暮らしができると思う。

弁護士会 [司法]

弁護士会は、皆さんにはあまり馴染のない組織かと思う。

私自身も弁護士会どころか弁護士ともほとんど接触のなかった人間だからだが。
ほとんどと書いたのは、会社で働いていた時に、部下の一人を解雇しないで済む方法について弁護士会の当番弁護士に相談した事が一度あったから、ということだからだが。

しかし、安いとは言え有償の相談で弁護士は全く他人事。相談してよかったどころか、こんな連中に払う金が無駄、そういう思いを強くした。

だが、刑事事件は違う、というよりは、弁護士なしで初めての刑事訴追を乗り切れるほどこちらに知識はないし、刑事裁判のイロハもわからないどころかこちらが拘束されていては、何もできない。

という事で弁護士を頼ったが、彼らの矜持とはこんなものか、そう思う結果だった。

もちろん裁判官という連中が箸にも棒にもかからないような屑連中である、それが故に、弁護士でもどうにもならない事があるのは確かだが、弁護士の裁量や姿勢としてについては、彼ら自身の問題だと思う。

もちろん、頑張ってやってくれた弁護士もいるので、全てについて否定する話ではない。
だが、強姦罪で訴えられている被告人の弁護士が、訴えを取り下げないと(親告罪だからこそ、こういう行為も有効なのだろうか)、写真をばらまくと脅したり、事実の見極め能力がなく、事実と思えない事でも執拗に高額の訴訟を起こしてきたり、あるいは、その事、弁護士ならば、アリだという弁護士。

以前にも書いたが、弁護士法には社会正義の実現をうたう文言が書かれている。

社会正義とは社会ルールに反したり公序良俗に反する事をしない、そういう事だと思うが、私だったら、おかしな話を持ち込まれたら、あなたに非がある、そう諭して訴訟をやめさせると思うし、膨大な成功報酬などあてにしない。

ところが社会派などとうたっている弁護士事務所がこういう事を行うのだから、何をかいわんや。

私事だが、私の刑事訴追の弁護をしてくれた弁護士が弁護士会を頼ってみたらどうか、そう言ってくれて、弁護士会に連絡し、判断に足る資料を送ったのだが、全くなしのつぶて。

まあ、人権侵害などこの国には法的に問題のある事が一般社会だけでなく、司法の社会にも山ほどある、そういう事かもしれないが、前述のような弁護士の活動を許している弁護士会という事を考えると、単に、私たちはこういう活動をしています、そういう表看板だけであって、実質の活動はないのかもしれない。

とにかく、弁護士という連中の信用度は私の中ではほぼ、ゼロに近い。

女性の活躍、素直には喜べない。 [社会]

外国特派員協会での民進党の蓮舫議員の「本当につまらない男です」なる話、話題にされた岡田代表も併せて、私は、好きですねえ、こういう話。蓮舫議員は後で岡田氏に謝罪を入れたらしいですが、できれば謝罪なしで、阿吽で伝わるくらいの関係があったら、そう思います。

その報道の前に、蓮舫議員があるテレビ番組に出ていました、なかなか歯切れがいい。あまり歯切れがいいと舌禍につながるのだが、最近、子供が多くて、趣旨が伝わらず、どうでもいいことを取り上げて騒ぐ傾向があり、そういう事の方が気になるが、それでもあのサービス精神と切り込む歯切れの良さが発揮されればと思う。

また、小池都知事。既存政党を相手に海千山千。たいしたものだと思う。生半可な心構えでは彼女に勝てないと思うが、敵役だった自民党都連会長の石原伸晃の情けなさ、これがあの傲岸な慎太郎の息子かと思う人間の小ささ。

小池都知事は、選挙戦略だったかもしれないが、本来の都民のための都政という観点で暗部を表に出す言動をしているが、これ、増田寛也だったらどうだろうか。男の方が腹を括る覚悟に欠けている、これが今の日本の政治の問題点かもしれない。

待機児童問題で「保育園落ちた、日本死ね」のブログで一石を投じた主婦に対して自民党の平沢勝栄議員は、日本語が汚い、乱暴だなどと本末転倒の事ばかりを出演したテレビ番組の中で言い張っていたが、これじゃ、議員に期待するものなど何もない、そう思わせた。末節は後で少し触れるだけでいい。本質について、政治の問題点から発言すべきだった。

また、築地から豊洲への市場移転問題、今、色々騒いでいるが、石原慎太郎や舛添要一が、豊洲に足を運んだり、ちょっとプラント市場関係者と意見交換すれば、貴重な都民の税金が浪費されることなく済んだのではないだろうか。

前述両者の間には道路公団民営化で実績があると自認する猪瀬直樹氏がいたのだが、同じ課題を抱えていたことで比較すると、小池都知事の方が、しっかり問題をあぶりだしただけ有能に見える。結果がどうあれ、切り込んでいる小池都知事は、それだけでも大したものだと思う。

こういう人たちを見ていると、女性が活躍するのも悪くはないか、そう思う。

だが、私個人として、苦々しく思う女性たちがいることも確かなのだ。
私を訴追した悪党の大谷貴光という副検事。副検事という肩書からもわかるように、人を説得したり、事実関係を究明する能力などありゃあしない。

いや、副検事という職についている人物皆がそうではない、そういう意見もあるし、そうであって欲しい、そういう思いもあるが、副検事なる職についている人物については、だいたい、丸暴、つまり暴力団と同じで、脅しなどで、強引に罪に落とす、これが定石なのだという。そして、代々、そういうものを学んで副検事という職に就く人間は、脅したり恫喝して容疑者に罪を認めさせる、そういうことをやっているそうだ。

そういう事で、私の事案でも「あの副検事はバカだから、この裁判に対応できずに、担当が検事に代わった」そう弁護士が言ったように、検察官が代わって、副検事から藤井順子という若い女の検事に代わった。

しかし、前任者の杜撰、でっち上げの調書など見直しをせずに、検察は間違わないという看板をしょったかのような間違った内容の話を参考人に問い詰めたり、とんでもない人物であった。このことは以前にも書いたが、わかりやすく言えば例えば、加速度αと速度sとではどちらが大きいか? などと言われても、単位が違えば、比較することが間違いなのだが、それを指摘しても”見解の相違”こう強弁した。

皆さんお分かりだと思うが、定常速度100km/hの電車に乗っていても加減速がなければ、人はつり革などに掴まらなくても容易に立っていられる。その時加速度は0。だが、電車が減速しだすと、電車内の人には慣性の法則で力が加わり、何かに掴まらなければ立っていられない。これは速度がゼロに近いところでも大きな減速が起これば、変わらない。

単位系でcgsとかMKSとかそういうものを合わせて絶対値的数字のみで比較しても上記のように、数字だけの比較は逆転する。だから見解の相違などと、比較もできないものを自身が間違っていることを認めずに強弁するような、事実に基づかない話を真摯に受け止められないような人物が検事などやっていること自体おかしいのだ。

この人物、間違いはこれだけではなく、山ほど間違っているが、どれもこれも検察という組織を守るためだけの仕事をしているようにしか見えなかった。

同様に、裁判官にも片手分の人数の女性裁判官が関わっただろうか。常識的に、判断できる、つまりふつうに検察の訴追について疑問が残る、そういうものを私は上程しているのだが、これも裁判所という権威優先、保持のためとしか思えない、つまり彼らの顔が見えない裁判業務しか行っていない。

おかしければおかしい、間違いは間違い、そう認める姿勢がたとえ女でも役人や官僚であっても、ましてや検察官あるいは裁判官という職業ならもっと必要なのではないだろうか。彼らは組織のために存在するのではなく国民社会の円滑な運用上存在している、そういう事すら認識できずに、ひたすら前任者の馬鹿な訴追を継続しようとしたり、裁判長の顔色を見る仕事しかしていない。

そういう女性が大きな顔をして権力を振りかざしている現実がある事も皆さんには知って欲しいと思う。

ついでに書いておくが、私は時速35キロで車を運転中に前方のガードマンとやらにわき見して漫然と走行し、前方横断歩道横断中の自転車乗員に自車(乗用車)右前部を衝突させて重傷を負わせた、として逮捕され、異例と言われるほどの長い留置をされた人間なのだが、この起訴内容、おかしいと思える人はどれだけいるだろうか。

まず頭で考えて、そして現物を見る。小池都知事はやっていますね。それだけで藤井順子という馬鹿検事とは違いますね。

前方に車が突っ込んでいって車の前部でなく車の右前部をぶつけられる人がいたらお目にかかりたいもの。漫然と走行していたという事ですから、ドリフト走行などしているわけではない、そう認めているのも同じ起訴状なのですがね。

まあ、この馬鹿、性悪という修飾語ばかりがつく司法関係者たちの悪行については、また、書き連ねますが、この中に、多くの女性が混じっているという事も現実、そう言いたかった、そういう事です。

決して女性だからとかいう事ではなく、本人の覚悟、資質だと思います。ただ、男が相対的に落ちてきている、それも否めませんやね、お粗末様。

江戸時代なら死罪?年金の不正運用 [政治]

GPIFの年金運用における赤字が公表されたが、参院選前に巷で騒がれた通りの赤字、すなわち、参院選前に公表されれば、与党の敗北につながるとして、定例の公表時期を遅らせて、参院選後に発表するという姑息なやり方を反映する5兆円という大きな赤字が発生している。

さらに、この対象期間前の期も5兆円の赤字という事でトータルすると10兆円超という、安倍政権が年金運用における縛りを我田引水のように、株式投資に持っていけるように解いた、これが、そのまま赤字に反映されているような経済通の分析である。

江戸の時代、盗人が10両の金子を盗めば、死罪、そのように相場が決まっていたようなのだが、GPIFの運用損の10兆円の赤字、これは我々庶民のお金を盗んだのと実態は同じ。それを企画した安倍晋三は死罪、そういう事にはならないのだろうか。

仕事上やったことだから罪は問われない? とんでもない、盗人も盗みは盗人の仕事。たとえ仕事といえども反社会的行為にはしっかり責任を取らせる、これが現代社会ではないだろうか。だからヤクザ屋さんたち、訴追されているんだろうに。正しくない事はまさしく不正、だから安倍晋三のやったこと、不正と書いたのだが。

姑息役人達だって、おかしなことをして訴追を免れるなんて、そりゃ法律がおかしいだろう。こういうことをし続けるなら、ぜひとも自公政権を潰して、公務員でもその目的を外して行ったことは過去に遡ってその罪を問う、そのようにしなくては、こういう反社会的行動が役人や官僚たちからなくならない。

この事、死罪にしてもおかしくない、そう思うのは、マスコミが取り上げている損失額が、実は運用での損失の話に特定しているが、日銀と併せての投資金額が一部上場企業の10%になろうかというかなりの比率で、かなりの企業の筆頭株主になっているという現実、これについては語られていない。

日銀がどれだけ投資して株価を買い支えていこうが直接的に我々は関係ないし、日銀総裁の黒田氏が安倍晋三と共に刑務所に入ればいい。だがGPIFまで巻き込んで株価の上昇を図ったり見せかけの景気浮揚を図ることは許されない。

GPIFの運用損失には株式の売却による損失は計上されていない。運用損失には株の売却価格が計算されているように見えるが、これは見かけ上の計算であり、日銀、GPIFが株を購入して株価を上げたのとは反対に、発行株式に占める大きな比率で株が売却されれば、当然のことながら株価は下がる。

これがどこまで下がるかわからないが、株価を上げた時とは違って、それ以上の値下がりを生むだろう。つまり株運用比率を上げた時に、その分で購入した金額がそのまま元に戻ることはない。だから運用損を出さないというなら、株の配当で株の売却損失分と、購入時から売却時までの、他の運用であれば得られたはずの収入分を合わせた額を配当で得た後、初めてその運用が間違いでなかった、そう言えるのだが。

つまりGPIFは既にとんでもない金額の含み損を抱えていることになるのだが、それをカバーできるほどの経済的繁栄をどういう産業が、あるいはどういう国が見せるか、という雲をつかむような話しかない。

だが、GPIFは年金需要に対応しなければならない目的があり、いつまでも潤沢な資金運用ができるわけではない。つまり株の売却を迫られた時に、株価が低迷状態であれば、弱り目にたたり目、そういう事になるのだが、その時は今の運用責任者も影響力を行使している安倍晋三も知らぬ顔の半兵衛を決め込むのではないだろうか、あるいはもうこの世にはいないかもしれないが。

だが、こういう事をはっきりと示さずに勝手な事をしていいわけがない。日本人はどこまでそういう事に無関心なのか、いや馬鹿なのか、不思議でしょうがないが、衆愚などこういう世界で意味はない。

相変わらずのお手柄?!警察、検察、裁判所! [司法]

まあ、私は民意の低い中国とか中国人があまり好きではないので日本人が加害者、中国人が被害者、そういうケースを取り上げたくはないのだが、しかし、例え悪人であっても法を犯していなければ逮捕も拘束もしてはいけないし、ましてや中国人が嫌いだからと罪に落としていいなどと言うものではない、それが法治国家というもののはずだが‥。

一昨年一月、東京八王子で起きた傷害事件で、警視庁八王子署が今年三月、現場で目撃したとする証言などから逮捕、東京地検立川支部が起訴した人物二人(いずれも中国人)について、事件とは無関係だったとして、この21日に起訴取り消しが行われた。

起訴取り消しが行われた背景は、裁判の中で弁護側が犯人が逃げる際に乗ったとされるタクシーのドライブレコーダーに映っていた人物が二人とは別人であることを指摘してのものだが、警察も検察もこの証拠の確認を怠っていた。

この事案、決して稀有の事ではない事、皆さんにもよく知って欲しいと思う。
刑事事案では逮捕、起訴されたら99,9%が有罪になる、これが日本の刑事裁判の実情だ。

それだけ起訴という事には真剣に向き合ってほしい、それが冤罪被害者の訴えなのだが、そんな事、冤罪を起こしても自身が訴追されない警官、検察官、裁判官には屁でもない、これが問題。

今回の事案、弁護士がドライブレコーダーの映像を確認しなければ、確実に有罪、それも否認事件、すなわち悪質として実刑になったかもしれない。

報道では単に警察、検察のチョンボとしてしか扱われていないが、一人は四ヶ月近く、もう一人は三か月以上、拘束されている。この拘束命令を出すのは裁判所なのだ。つまり無実の人たちを明確な根拠もなく拘束したのは裁判所というわけであり、どうしてこういうこと、頬っ被りできるのか、高い知性と人間性を持つ私にはわからない。

私の分からないことを平気でできる裁判官という連中、私とは対極にいる連中だと思っているのだが、しかし、権力を与えられた分、その責任は重い。昔なら腹切りものではないだろうか。

封建時代とは言え、権力を持つ人間にはそれだけの責任が課されている事、現代人はあまりに知らなさすぎる。いや、自分たちに都合よく職権を振り回している、そういう事か。こういう連中に権力を与えてはいけない。

報道ではすべての情報が開示されているわけではないが、事実把握能力のない司直という意味で私の事案との比較で、検証してみよう。

まず、目撃者というものが登場している。目撃者というもの、警察次第で、毒にも薬にもなる。つまり警察が都合よく利用するものであり、真摯に捜査が行われた場合には信頼性に富むが、いい加減な捜査の場合には冤罪の輩出者に変わる。

結果論から見れば今回の事案では目撃者証言は誤認逮捕の決め手でしかなかった。つまり内容は嘘八百と言ってもいいかもしれない。

私の事案で、栗田健一という裁判官が証言内容は具体的である、として私の有罪の決め手とした。しかし、その証言内容は人間と自転車の合計重量70kgもの物体に車が少なくとも40km/h以上の速度で真正面からぶつかった筈の車の正面にはそのような凹みや変形の痕跡が一切ない。

そのように証言内容と物証が合致していなくても裁判官は、“具体的に証言している”として有罪の決め手とする。つまり目撃者とは単に司直が被疑者を罪に落とす道具として使われる、そういうものだ。

布川事件では目撃者証言が歪曲されている。そういう事(証拠の補強であるならわかるが、証拠のない事案での目撃証言は警察、検察による事実の捻じ曲げにしか使われない)にも裁判官は思いを馳せなければならないところ、警察、検察の言い分は無条件に採用するという、おおよそ国民のための裁判官という立場を忘れてしまう。

次に、何故、三か月以上とか四ヶ月近い拘束が行われるのか。このケース、たまたま弁護士がドライブレコーダーの映像を見て、犯人たちが被疑者達とは別人である事わかったが、弁護士が見落としたり、確認作業を行わなければ、彼らは確実に有罪になっている。

いやいや、そんなことはあるまいと思われる向きもあるかもしれないが、拘束の長さに裁判所の姿勢が表れている。裁判所は頭から有罪と決めてかかっているから、このような長期の拘束を行っている。

罪を認めず、否認するような人物は人間として屑、そういう考えなのだ。つまり裁判を通じてすべての事実が明るみに出る前から懲罰意識という自身の感情で容疑者に対している。裁判官自身が先入観をもって被疑者を見るという、裁判官として一番やってはいけない事をやっている。

これは判決文の中でよく使われる、反省の色がない、その一言で表されるが、やってもいない事を何故、認めろというのか、裁判所の感覚がわからない。これぞ、人質司法、そういう事だ。

前述したように私の事案でも警官が勝手に書いた調書(今晩を越せないかもしれない人間を助ける気はないのか、そのように医療費の裏付けを私の任意保険で対応してやれ、すなわち、この調書にサインしろ、そういうわけで、警官が勝手にシナリオを作って調書を作成する)と物証は全く合致していない。そりゃ、事実を捻じ曲げるのだから物証と一致するわけがない。

調書と物証が合致していないのに、その調書を証拠採用する裁判官とはどういう人種だろうか、そう思いませんかね、皆さん。足利事件、布川事件など冤罪で共通するのは、調書内容と証拠に合致するところがなくても裁判官が全く疑問を持たない。

物証と合致しない調書を証拠採用するなら裁判官などいらないし、そういう調書を作成するなら取り調べも必要ないし、だいたい捜査の専門家など不要だと思うのだが、こういう根本的な事、裁判官がわかっていないから、今回のようなことが起こる。

今回は、長期の拘束があったことは不幸だったが、誰でもできるドライブレコーダー映像の確認という、基本的作業を弁護士ができたのが幸運だった、そういう事だと思う。

弁護士だから、などという事はない証拠に、犯罪捜査の専門家であるはずの警察も検察も確認していなかったことを見てもわかる。弁護士だから、無罪にできたなどというのは楽観的観測でしかない。

ドライブレコーダーなどの客観的証拠の確認は捜査のイロハのイ、と当該検察官上司は言っているが、そんな事、やっていないから冤罪は数多く生じている。裁判の中で指摘された、つまり、いきなり出てきた話であったために検察が対応できなかった、というのが今回の事案であると思うが、仮に検察サイドで途中で気づいても、それは蓋をして強引に有罪の請求をする、これが検察だ。

今回が、そのようなケースであったかはわからないが、検察が発見した場合は、そのまま起訴を続けるし、弁護側が発見した場合、検察にとって運が悪かった、そういう事か、いきなりでごまかしきれなかった、そういうケースか。

だが、留意してほしいことは、裁判所が無実の人間を不当に長期拘束していた、そういう事であり、裁判所がこういう事に関して反省を見せたことがない。裁判所の信頼、などというケチな話でなく、国民のための裁判所である事を理解できないものは去れ、そういう精神が裁判所にないことが問題なのだ。

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