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違和感 [所感]

年始に一発目を書いたが、さて、その後はと言うと、老母の面倒を見る負荷が今までにも増して大きくなり、とてもブログどころではない、というか、精神的に余裕がなくなってしまった。老々介護だけでなく一人で親を見ていられる方、あるいは家族の介護をしていられる方の苦労を改めて思うこの頃というところでしょうか。

我が家、ヘルパーなど外部を頼ったことはないのだが、介護料というのか自己負担が3割になるらしい。私も私の母親も我が家にとっては高額に思える介護保険料を払っているのだが、介護を利用すれば、新たに支払いが発生するので、利用できない。つまり何のための介護保険なのか、そういう思いが強いが、低所得家庭にとっては、違和感のあるシステムでしかない。

さて、その違和感なのだが、最近、色々な事に違和感を覚える。

私は裁判官も絡んでのでっち上げで勝手に突っ込んできた自転車に対しての加害者認定されて、最高裁まで争ったが、最後は棄却であった。つまり上告にあたらない、そういう事なのだが、私は学校で、日本は三審制の国だと、司法について習った。

ところが、この国の最高裁はお高くとまっていて、違憲とか新たな証拠のないものは審議しないというのだ。地裁、高裁がおバカ裁判官てんこ盛りでの間違い判決を出しても、我関せず、それで通るらしい。

では、憲法にかかわる内容のもの、違憲審査をするのかというと、高度に政治的なものに対しては判断しない、こう宣うらしい。何のことはない、サボタージュなのである。こんな連中が庶民など絶対に手にできない報酬を庶民の税金から手にしていると思うと、こんなのでいいのか、そう思う。つまり最高裁を含めて裁判官というものそして裁判所に対して違和感があるのである。

アメリカでは大統領令に対して違憲判決で裁判所が差し止めたり執行停止をしている。つまり政治権力に対して、三権分立らしい機能が発揮されている、少なくともそのように見えるのだが、沖縄の問題など、違憲審査など放棄しておいて権力すり寄る裁判所の連中には吐き気さえ覚えるのだが、これって私だけの違和感だろうか。

テレビで自転車の無謀ぶりの特集が放映されていたが、特集はしても、私のように個人的に暴走自転車の被害で違法な拘束、おかしな損害賠償、そして冤罪である刑事有罪を受けた身にとっては、そういう自転車による被害者を取り上げずに自転車を取り締まっていない社会には違和感を感じる。

とまあ、私にとっては重大事が、他の人には些事なのであろう、どうでもいい事を、そのように反応する連中に、私の再審請求の運動は無視されている。

だが、私にも安倍晋三が出席した会合での”忖度”という言葉を使った事について、マスコミ等が批判気味に取り上げる、こういう事の方が違和感を感じるのだ。

官僚が国民の財産を勝手に値引きして一部の人間の便宜を、それも首相や首相夫人が絡んだ事に対して、勝手にそういう事をするのは間違い。つまりそういう事が分かった時点で、再発防止策を講じるべきなのに、それはやらないで、政局化させているのだが、だからと、それに絡んだ”忖度”という言葉を安倍晋三が使った事に対して、殊更取り上げるまでもない、というか、敵もさるもの、そういったところではないだろうか。攻める方もマスコミもそのくらいの度量は持て。全てにおいて子ども化した社会に違和感を感じるのだ。
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いっぷく

私も老々介護といわれる年齢に入ってきています。
裁判は精神的にも金銭的にも時間的にも消耗しますね。

by いっぷく (2017-04-28 00:08) 

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