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警察は信用できないどころか恐ろしい組織。一度解体せねば! [司法]

鹿児島県警が強姦罪で逮捕送検していた被疑者、既に1年以上の拘置が行われていたという事、その人物についてDNA鑑定が行われての控訴審無罪判決が出たのだが、いや、単なるDNA鑑定とは言えないおどろおどろしいものが出てきている。

警察官というもの、私の裁判でも証人として出てきたが、警官の証言が嘘である証拠写真を警察自身が提出しているにもかかわらず、平気で嘘をつき、それを裁判長である栗田健一が、信用できる警官の証言だからと、認めたが、あまりに常識外れである。

警官の破廉恥犯罪など常態化しているし栃木県警の警官など自身の行為で殺人を誘発している。いや埼玉県警では警官自身が殺人を犯しているし、どうしょうもない人種というのは今や世間に知れ渡っているものと裁判所自体が認識せねばならない。

とにかくDNA鑑定となれば、科学的鑑定として全面的に信用できるものとなる、そう見られるだろうが、とんでもない落とし穴があること皆さん、ご存知だろうか。特に今の裁判官の素養ではむしろ冤罪を決定的に生む、そういうものであること、知らなければならない。

新聞紙上で冤罪としてのこの記事が出ていた時、被害者とされる女性の胸部の着衣から被疑者の唾液が検出された(DNA鑑定)となっていたが、以下の事を考えると疑問が湧くのだ。つまり他の部位の着衣からは検出されていない、さらには精液が少量であったためにDNA鑑定はできなかった、という内容が同時に記載されていたのだが、強姦という性質からして胸部の着衣のみから加害者の唾液が検出された、というのはいかにも不自然、として誰しも疑問の湧くところではないだろうか。

さらには、被害者の着衣から加害者の唾液が検出されるような状況でも加害者が、自身の無実を訴えて裁判をし続けるというのも腑に落ちないのである。つまり自身が潔白であってさえ、世間的に聞こえの悪い行動があった場合、被告人となった人物は、身から出た錆という観点で、諦めの心境が起こり、甘んじて不名誉な審判を受ける、そういうものがある。

この事案では、物証が決め手とはとうてい言えない状況であったにもかかわらず、一審は被害者女性の証言が具体的で信用できる(こういう内容のないものに頼る事自体裁判官の資質が貧弱であることの証明であり、私の事案でも自称目撃者という人物が、科学的には有り得ない事象を述べたことを具体的に述べており信用できるなどと裁判長を務めた栗田健一は述べたが、全く子供騙しの判決でしかない。こういうものを有罪の決め手とする稚拙な行為はもう止めなければならない)という今の裁判の典型の口上でいわゆる状況証拠にもならないものを状況証拠として、被疑者に実刑判決を下している。

被疑者の唾液が被害者胸部(衣類?)に付着していた、という割にはそれ以外の部位からは全く検出されていないこと、精液からすらDNAを決定づけられなかった、という事実。これらに恣意的なものを感じない裁判官など裁判に携わる資質に欠けるというものだ。直ちに職を辞するべし。

だからこそ、この事件が冤罪となってしまったのだが、控訴審で数々の検察側、鹿児島県警の、有罪の根拠となる証拠類が紛失した等のあまりの杜撰さに裁判長が足利事件の再審無罪を決定づけたDNA鑑定を行った専門家に裁判所として依頼。そうしたら全く別人のDNAが出てきたとか、その別人とされる人物のDNAが複数箇所から検出された割には、被疑者のDNAが、件の箇所以外からは全く検出されなかったという事実。

しかし、例え一箇所からでも被疑者のDNAが検出されれば被疑者と被害者女性が接触した事は否定できない。すると、実は合意の上だったのかとか、いわゆる性交渉はあったという示唆から、グレーゾーン上の事件ではないか、そう思わせてしまうだろう。あるいはやっぱり厳しく罪に問おうとか。

被疑者本人は事件当時泥酔していて全く覚えがない、そういうもの、本人に記憶がないから、と罪に落とす構図も窺えるのだが、もし胸部にでも唾液がついたとするなら、泥酔している人間がたった一箇所のみに唾液がついて終わりなど最終的に強姦に至ったとしたら唾液の付着が一箇所など有り得ようはずもない。

控訴審での裁判長が検察、警察批判をした中には裁判所にも弁護側にも内緒で検察が独自のDNA鑑定依頼をしていた、というものがある。DNA鑑定できるだけの試料としての量が足りなかったなどという鹿児島県警の言い分は、単に都合の悪いものは隠す、そういう意図だったらしいが、検察は意図と反した内容であれば隠し、意図に沿うものがあれば証拠として出す、こういう事だったらしい。

だが、検察の意図など吹っ飛ぶ、DNA鑑定結果が裁判所が依頼した鑑定で出たので、鹿児島県警も検察も上告に至らなかった、という事だ。
私が恐ろしいと書いたのは、精液が検出されたが少量だったのでDNA鑑定はできなかった、という鹿児島県警の話は嘘であり、精液が検出できてDNA鑑定ができないという事はない、ということ。

つまり事実追及ではなくあくまで自分たちの見立て、あるいは作った構図に沿う形で証拠類を操作してしまう現実がある。捜査ではなく操作、これが今の警察の実態なのだ。

そしてもっと恐ろしい事は、逮捕時に容疑者からDNA採取という事で、任意とは言うが現実には強制で綿棒による頬の内側から採取を行う。私も逮捕された時に、別にやましいことは何もないので、協力したのだが、鹿児島の事件では、この被告人の逮捕後のDNA採取の綿棒による被害者女性の着衣への転移が警察の当事者により行われた可能性が高いという事だ。

何故ならば、泥酔に至ったという、被疑者が参加した飲み会という物理的な拘束が生じたものを考えると被疑者と被害者の間に接触が生じた可能性が極めて低い、という信憑性の高いものからすれば、この事案での姑息な警官諸氏の証拠類に対してのあらゆる行動が、でっち上げを物語っているのだが、被疑者本人の唾液というものも逮捕後のDNA鑑定用に綿棒によって採取された唾液が警官によって被害者とされる女性の着衣の胸部に転写された可能性が高いという事だ。

 交通ルールもそうだが、警察の各種の手続きもあらゆる人間の信頼の上に成り立っている。その信頼を覆す事が行われ、また、その信頼性が損なわれていれば、今後、DNA鑑定の結果がどうあれ、警察がDNA鑑定が被疑者が犯人であることを示しているなどと言っても、警官が、被告人から任意として採取した唾液の転写等により被告人を犯人にでっち上げる事ができるので、信用ならない、という事にならないだろうか。

しかし、これは我々一般の国民はそう思うのだが、現実に裁判を取り仕切っている裁判官という人種、警官が言うからその通り、“有罪”こういう決めつけ、変えないだろう。だからこそ恐ろしいのだ。無実の人間を罪に落とす警官の胸に正義の刃を突き立てる、そういうヒーローゲームの世界だけなのか。

今回、本当に希有の、まじめに審理する裁判官がいたから、被告人ではなくむしろ警官が責められたが、しかし、問題の警官達、鹿児島県警が刑務所に入れるなどという話をしていない。こういう仕事をする人達は、一般人よりも身を律し、刑なども重くする、そういうものではないだろうか。

とにかくこの国の司直は司直と関わった国民の敵である事、よく知っておいた方がいい。

日本の裁判所に大岡裁きはできない! [所感]

大岡越前を題材にしたテレビドラマは何度も放映されているが、今もNHKで新しい配役の元、配信されている。

時代劇ファンになる年齢に、とっくに達しているという事と、推理ドラマというと、みょうに殺人ばかりが劇中で行われる今のドラマには食傷気味の自分としては、ほっとする内容でもあることから、大岡越前は優先的に見るドラマ、そういう事になるだろうか。

残念ながら、内容に関しては単に楽しめる、そういう事ではなく、冤罪に陥れられた自分の事を絡めてついつい見てしまう自分がいる事を意識しながら、さて、こういう大岡裁き、本当に事実だっただろうかとか、今の裁判所で有り得るだろうか、そういう目で見てしまうのだ。

皆さんは、裁判所、真実を暴いて正直者が馬鹿を見るようなこともなく、人命が地球よりも重い、そういうヒューマニズムに即した組織あるいは機関、そのように思っているだろうか。

実は、私も自身が不当な逮捕あるいは拘束されるという事態を経験するまで、冤罪などは本当に一部の話で、裁判官というものは真摯に事案に取り組み人を信じる事をベースに業務に勤しんでいる、そう思っていたのだ。

確かに、足利事件の再審請求、それもDNA鑑定などたいした労力もいらないものを門前払いし続けたりあるいは放置し続けた池本寿美子以下の女性裁判官のような、どうしようもない人物達もいたが、本当にそういう不心得者は一部だと信じていた。

しかし、現実に法廷に引き出されてみると、いや、その前から何年も留置課にいるという警官でさえ、経験がないと言うほど不当な拘束をされ続けたり、法廷での暴言や恣意的指揮などおおよそ世間一般では考えられない、いや世間では通らない法廷指揮と世間的常識とはかけ離れた法廷指揮が行われたのだ。

ここには性善説などという、人間としての良心の欠片もない法廷指揮しか行われていない。目立つのは人間性の悪さである。
ただただ、ひたすら罪に落とそう、あるいは悪い印象ばかりを法廷で目立たせよう、そういうものしかない。

法廷で出てくるものは証拠と言えるようなものではなくただただ、印象として悪役を決定づける論でしかなく、証拠というものも少しでも冷静に見れば嘘で塗り固めたでっち上げだと分かるようなものばかりである。しかし、証人として出てくる警官、目撃者、そして悪人を印象づけようとする検察官。まさに四面楚歌で自身でさえ、本当は俺は悪者ではないのか、そう思ってしまいたくなるほどのものである。

四面楚歌は、前述のものに裁判官を努めた栗田健一までもが罠を嵌めて、言質を取ろうとする、こういう状況から、私自身が裁判での法廷で実際に感じたものだが、ここには正義の欠片もなかった。

大岡越前は、史実に遠山の金さんのエピソードなどを加えた作り物という事だが、元ネタにはちゃんと史実などが入っている。つまり封建時代の大岡越前の裁きの方がより性善説、それも当たり前の事だが、不必要に咎人を作らず、いい社会を作っていく、その為のお白洲、そういうものが伝わって来る。

日本の検察官や裁判官には大きな裁量権があるという。しかし、それらは社会とか容疑者(起訴されれば被告)をいかにいい形で社会に戻すかとかそういう精神はなく、単に検察官、裁判官の権威を示す道具としてしか使われない。

とにかく、逮捕された人間を、人間としては見ずに、屑と呼んだり、罵倒したり、いったいこの連中は自分たちを何様と思っているのだろうか、そういうものしか感じ取れない連中なのだ。
大岡裁きを”見事”とか”溜飲が下がる”という日本人がこういう裁判所の実態を放置している事に疑問を感じてならない。

まあ、史実に残るような人物と栗田健一のような屑とでは比較にもなるまいが、しかし、偉そうにしていた最高裁の面々なども、屑でしかない事、皆さんは知っておく義務がある。

性悪説

人間性の悪さ

新聞ではわからない事実。高梨沙羅選手の場合… [報道]

女子ジャンプの高梨沙羅選手、今シーズンのワールドカップの総合優勝を先の大会で決めたが、本当にどれだけ凄い内容であったかは、新聞記事からは分からない、いや言葉だけ凄いようで、実は本当の実力は伝わっていない。

自身がとんだ目に遭った交通事故での報道が被害者、加害者が逆転し、さらに被害者なのに有罪にされてしまったように、警察発表、あるいは他社報道記事をそのまま転用など、悪い事でもおかしな報道が目立つ新聞記事。

売らんかな精神で引っ張るだけ引っ張ったり、いかにも金メダルあるいはメダルが取れる実力があるかのように期待ばかり高めた割には、結果が伴わずにファンから選手やチームに対するバッシングに変えてしまうような報道もスポーツ選手の戦績を伝える中にはある。つまり事実や実体がなかなか伝わらないのが映像抜きの報道だ。

さて、女子を含めてスキージャンプの場合、新聞記事では、いやテレビでも基本は順位がメインで、優勝者や上位日本選手の一回目、二回目の飛距離が付け加えられる程度だ。そうすると例えば高梨沙羅選手の場合であれば二位の選手と飛距離であまり差がない場合などもある。

二位の選手とあまり差がなければ圧倒的とか、凄い選手とかそういう形容詞はふさわしくないのでは、そう思うのが普通ではないだろうか。もちろん、勝ち続けること一つでも凄い選手とは言えるのだが。

しかし、実際の大会の映像を見れば、飛距離に差がない事の意味は他の選手達よりもスタートゲートが下だったり、着地点の傾斜が急激に起きてしまって足への衝撃が大きくなるジャンプ台(つまり本人の潜在意識として微妙に抑えるものが出ている)だったりすることがわかる。

スタート地点を他の選手よりも下げるという事はジャンプ台から与えられる初速が下がるという事であり、それだけ飛翔のエネルギーが小さくなり、遠くに飛ぶ力がなくなる。それでも他の選手よりも遠くに飛んでいるという事であり、着地点が起きていることなども含めて、こういう事は成績の数字には出てこないので新聞記事だけを見ても、高梨選手の凄さはわからない。

ジャンプには距離点と飛型点というのがあって、高梨選手の場合、飛型点が今一良くはないのだが、しかし、これも本当はおかしな点なのだと思う。
着地を含めた飛型点に定評のある選手であっても、その選手の想定よりも着地点近くで向かい風を受けて飛距離が伸びた場合、慌てて着地すると一足ランディングと言って両足を揃えた形で着地する。

これは人間の基本的な防衛機能が働いて一番安全な着地、すなわち一番足に衝撃の少ない着地姿勢になる、これが両足を揃えての着地になるのだが、スキージャンプは、テレマーク姿勢という足を前後に開いて着地する姿勢を要求し、これが高い飛型点の必須となっている。

だが、考えて欲しい。ジャンプ台から飛び出す時の速度は女子選手でも90キロ未満とは言え90キロに近い速度だ。これが風による揚力を受けて落下しながら前方に進むのだが、着地点では数キロなどという速度でないことは転倒した選手の状況でも分かる。

両足が揃っている場合には7,80キロの速度でも曲がったり、かなりスキー板をコントロールできるが、両足が前後している場合、速度に対するバランスを取るのが難しく、それも数十キロの速度だと片足を取られた場合の立ち直りどころか足を怪我しないよう板部分を持ち上げるのもスキー板が大きく重いジャンプ競技では大変なのだ。

テレマークの姿勢というのは両方の足の膝が同じ角度での着地になる事はほとんどなく、膝の角度が違う曲がった状態で着地する。それだけ膝に掛かる衝撃は大きいという事だ。しかもうまく力を逃がす姿勢どころかしっかり固定した状態で抵抗する力を持つこともできないというのがテレマーク姿勢なのだ。

スキージャンプで着地でのテレマーク姿勢を要求するFISの考えが分からないが選手の身体的負荷を考えた場合、本当に感動を与えるジャンプを選手に見せて欲しいならばせいぜい飛翔時の飛型と着地で転倒したかしないかに絞るべきなのだと思う。

同じサラでもワールドカップ発足時のアメリカのサラ選手や現在高梨選手に次ぐ順位にいるオーストリア選手という上位を経験した選手が足の故障で手術をしたり、出場できないというのも競技主催者が考えるべきものであり、日本の高梨選手ばかりが優勝するから、競技内容を変えようなどと馬鹿な事を考えるのがFISの役割ではないと思うのだが、どうだろうか。

だいたい欧米の長身選手に有利にと日本選手が活躍しだした途端にルールを変えて、それでも活躍する小柄な高梨選手がどれだけ凄いのかはFISの役員が一番分かっているべきもの、それをさらに、まだおかしな事をするなどスポーツに関わる人達とは思えないのだが、新聞・テレビでの報道ではこういう事、皆さんには伝わらない。

そして、こういう怪我と隣り合わせの中で高梨選手は抜群の成績を残している。それでも彼女は自身のジャンプで皆さんに感動を与えたいと、より高見を目指して頑張っている。

これを知れば応援せずにはいられない。


議員定数削減何ちゃら… [政治]

民主党大敗戦犯の一人である野田佳彦が亡霊の如く、今国会で以前とは立場を代えて質問に立ったらしい。

具体的な質問内容は、馬鹿らしくて聞く気にもならず、新聞テレビ報道で得た議員定数削減の話に限定してコメントしたい。

この事については何度も述べているが、国会議員のほとんどが小賢しい官僚に踊らされているという現状、これを意識している国会議員も含めてほとんどが、変えようという意欲が希薄な議員がほとんどだ。

いや、全くいないわけでないことは先の民主党が政権を取った時の主張でも明らか。閣僚になった長妻昭議員などもその代表格と言ってよいかもしれない。しかし、何故、更迭されてしまったのか。官僚と意思疎通ができていない、官僚を使いこなせていない、そういう判断が首相側近から出ての更迭だった。

何のことはない、官僚政治から政治主導の政治へ、そう言っていた首相の、その側近が官邸を仕切る官僚によって洗脳されて政治主導を貫こうとした長妻昭議員が更迭されてしまったという、言わば、変節した連中による本質論を説いた議員切りだったわけである。まあ、実際には色々理屈をつけての話になるが。

さて、前から述べている議員定数削減と言う馬鹿話について、本来、議員を出している国民の声を聞いて決めるべき事だと思うのだが、議員達が勝手にこれを決めるというのもどうか。しかも、議員も痛みを取る、そう言ういい加減な話、定数が減って落選した議員は痛みを感じたかも知れないが、当選した議員のどこが痛みを感じたという事になるだろうか。

確かに選挙戦など定数が減った選挙区の議員は大変になるかも知れないが、それは候補者としてであって、当選後の議員のどこが痛みを伴ったのか。全くこの議論、子供騙しでしかないのだが、こんな事が通ると思っている国会議員のレベルの低さに愕然としてしまうのだ。いや、首相レベルでこれだからお話しにならない。

前にも書いたが、朝霞の公務員宿舎の建設着手にゴーサインを下したのは当時の財務大臣であった野田佳彦自身なのだが、自分がその書類を作成したとか、わざわざ書類を持ってこさせて決裁したと言うことではなく官僚が言葉巧みに決裁させたのは明らか。財政が厳しいから、と消費税増税を唱えていたのも野田佳彦自身である。その一方で官僚に言いようにやられていることさえも認識できなかった人物が、何を訳のわからんことを言っているのか、それが先日の野田佳彦の議員定数削減についての質問だ。

さて、野田佳彦についてだけ書いたが、実は首相を務めた元首相である小泉純一郎について、強烈な個性で多くの規制撤廃による日本経済の活性化を図ったとして評価している人達もいる。しかし、私からすれば、かなりおかしな連中に踊らされて、日本国内の経済格差を拡大させた人物という事になる。

もっともだからと全て悪いなどと言う気はない。今や原発について、現政府の問題先送りを批判して、行動を起こしているように評価できる面もある。その小泉純一郎氏(今回はあえて氏を付けよう)が官僚について首相時代に経験した話として述べたものが「官僚は嘘をつく」

実は郵政民営化の発端が、郵政大臣を務めた時代、官僚につんぼ桟敷に置かれた、その事への怒りが「いずれ目にもの見せてやる」というエネルギーになって、それが郵政の解体を執念で行った、というものだ。

官僚が業務上行った事では罪に問われない、などとふざけた内容の法律で守られている、これは自民党の法案を国会で通す時に発議した自民党議員でさえ、「知らなかった。法案が通ってから野党議員に指摘されて初めて知った」などと政府に入った国会議員が自身で草案を書くのではなく官僚が議案書を書くのがほとんどなので、官僚のやりたい放題に法律の文言が変わっていく。

つまり官僚と国会議員の比がこれ以上官僚側に有利になれば、もっと無責任な政治に繋がっていく、という事になる。あの4百億円以上投じたグリーンピアが20億にも満たない金額で投げ売りされた時、官僚の誰一人、国庫に損失を与えたとして背任で刑務所に入れられる等の責任を追及された人間はいない。

民間企業であれば、一般従業員など民事賠償だけでなく刑事訴追までされて刑務所に入るのに、おかしくないだろうか。

さて、この無責任な官僚を訴追できない国会議員の最たるものとして自民党という政党がある。政治と金の問題で紆余曲折の結果、企業献金を止めよう、そういう趣旨の元に政党助成金なる制度が発足した。共産党は献金のみに頼るとか何とか、そういう理由の元に唯一政党助成金を受け取っていないが、その政党助成金は受け取るは企業からの献金は受け取るは、いったい彼らは政治を何と心得ているのだろうか。

もちろん、個人的に企業献金廃止に賛成しない議員が民主党などにもいるので、野党が完全には足並みを揃えられていないというのもあるが、あれももらう、これももらう、ではあまりに卑しくないだろうか、国会議員。

だから妻帯者でその妻が出産を控えているというのに女の尻ばかり追いかけ回すようなのが国会に入り込むのだ。自分たちが身を律していなければ、若手議員に偉そうには言えないと思うが、この国の政治家はやはり相当にレベルが低い。

平和愛好者の皆さん、過激発言してよかですか! [国際]

北朝鮮の水爆実験、核弾頭ミサイル実験など、日本周辺が物騒な状況になっている。

北朝鮮と直接対峙しているのは韓国、そう思っている御仁は多いだろう。北朝鮮とは韓国というワンクッションを経て日本が存在するし、韓国と日本との間でも有事の際の時間差が存在し、その時間差の中にアメリカが入り込むので日本は北朝鮮の直接的脅威は無いに等しい、日本人の大多数はそう思っているのではないかと思う。

しかし、本当だろうか。

実体が見えない中、北朝鮮に関しては既に多数の核配備が行われているという話もあり、そのかなりの分が日本に向けられているという現実がある、らしい。

今、盛んに実験しているのは、アメリカと対等の関係を築く、それが金正恩体制の温存に繋がる、という事でその本人と周囲は最優先でやっている。

では、何故、そういう事が国際的に許されているのだろうか。
いやいや、決して国際的に許されることだとは素人考えでも思えないのだが、あまりにひどい国際政治の現実がここにある。

かつてはソ連、中国が対米という視点で、北朝鮮の暴走を許している。ところが、どうもこれは自国にとっても鬼っ子になるかも知れないと感じたソ連が核開発に関して、阻止する側で動き、それが今のロシアにも引き継がれている。

だが、一番影響力を行使できるはずの中国が、言を左右するだけで全く、歯止めを掛けない。いや、掛けないどころか国連での制裁決議の実効性をないものにしてきた。そして、北朝鮮を甘く見てきた韓国も、核開発や弾道ミサイルの開発に貢献してきた、この事にようやく気づいたのだから、まあ、馬鹿この上ない。

水爆実験や核弾頭ミサイルなるもの、アメリカだけでなく日本にとっても国家存亡レベルの脅威であり、とんでもない事態が引き起こされる事、十分に予想される。日本としてはなりふり構わずに北朝鮮の核武装を止めるべき事態に至っている。

アメリカの韓国へのミサイル防衛システムTHAADは、日本の立場から言えば北朝鮮が撃つミサイルに対する防衛手段としては幾重にも掛ける中の最大効果が期待されるものとなるのだが、中国が自国を対象にするものだと反対している。

アメリカの真意がどこにあるのかわからないが、現実に北朝鮮の脅威が増している現在、アメリカの防衛システムを駄目だというなら、中国自体が、それに代わる保障をするべきであり、あれは嫌、これはやらない、では国際政治としては失格である。

結局、北朝鮮が暴発しようが中国としてはアメリカ、韓国、日本との相対的な結果を考えると困らない、というよりはむしろ覇権を握れるチャンスがそこにあるという、中国人固有の自国の権益を優先したものがありそうなのだ。

韓国は遅まきながら対北協力のシンボルであった開城の工業団地稼動を止めたが、さて、日本は中国の対北朝鮮への今までの対応を見てさえも中国との経済的結びつきあるいは中国経済活性化を良しとするのだろうか。

韓国にとっての開城と同じ構図が日本と中国にあるのではないのか。経済は別だなどと言っても開城に落とされた金の7割が北朝鮮の核開発やミサイル開発に使われているのと同様、中国の経済活性化に使われた日本の金のどれだけが日本に圧力を加える軍艦、戦闘機、ミサイルへと姿を変えていっただろうか。

中国が北朝鮮に核装備を諦めさせる行動をしない限り、日本の反撃の機能開発と、それを含めたあらゆる兵器の目標を中国の主要部に向けるべきである。日本はこの行動を担保する権利を有していると思う。

新聞テレビで中国と日本の交流が深まればお互いの誤解は解ける、そのように友好的な話も出ているし、市民レベルではそれは正しいと思う。だが、中国共産党の戦後の歴史がそのような甘い見方で中国を評価してはいけないと日本に警告を発している現実を見るべきである。

中国は、私が一見、暴論のような話を書いている、今この時も西沙、南沙で着々と軍事拠点を整備しているのであり、隙を突いて尖閣も我がものにする可能性が大きい。

私は根が反戦論者だが、しかし、法治国家の同じ日本国内でさえも、裁判所や法を守るべき検察や警察という組織が平気で、その法を踏みにじっている現実を考えれば、もっと荒んだ国家である中国が軍事力を前面に押し出して不法なことをするのは別に不思議な事ではないし、ウィグル自治区や内蒙古、チベットといういい例がある。

台湾に侵攻した国民党は旧日本軍が武装解除して武力を持たなかった台湾人民1万人以上殺しているが、これが中国人の本質と考えた方がいい。日本人が残虐だなどという中国人の言い分は、たぶんに中国指導者の覇権主義に踊らされての手先の言葉でしかない。

以上は世界の馬鹿指導者達が為政をしてきた結果に対しての過激発言の一部ですが、彼らがいなくなれば我々市民は欲をかく必要もなく、また軍事に税金を費やされることもなくより少ない税金と快適な市民生活を送れる可能性がより増してくる、そう思うのですが、皆さん、どうお考えでしょうか。

そういう意味においてNGOの人達、貴重ですね。決して官僚が我々の生活をサポートしているなどとは私は思っていません。

国会議員の育児休暇取得に関して [所感]

週刊誌で”ゲス”と報道され、辞職した議員絡みで国会議員の育児休暇取得について、少数派ながら育児休暇取得の賛成という声がある。

議員という立場でない男性労働者の育児休暇取得については、私自身が育児経験も持っていないので偉そうに言う筋合いではないと思うが、家事をやっている人間としては、女性が子供を産んでさらにその子育てを引き続いて行うという事、本当に大変だろうという事、その域まで行かない家事でアップアップしている現状を見れば、無条件に賛成というものである。

しかし、いわゆる自治体議員を含めて国会議員に育児休暇が必須なのかと言えば、”否”、となるのではないかと思う。

議員も職業と見る人達もいるが、本来、議員も議員でない人達も一般市民という意味では同じ立場であり、育児休暇というものが必要であるならば、議員でなく一般市民として育児をすればいいことではないだろうか。

他の市民が強制的に「あんた、議員になれ」そう命じての議員ではなく、自発的に自身が他の市民の声を議会に届ける、行政に反映できる、そういう事であったはず。であるなら、そういう事ができない事態が生じたというのであれば、速やかに議員を他の市民に代わってもらうのが筋。

国会議員というものを特別なエリート職か何かのようにしてしまうことが問題だし、またそうなっている現状下で、一般市民とはかけ離れた高給を手にしている人物が、育児休暇を口にすることも不遜としか思えない。

例えば知事であるとか市長であるとか、そういう人物が育児休暇を取った、などという話しもあり、勇気があるとか、固定観念を変えさせたなどと称賛の声もあるようだが、本来の趣旨で言えば、前述のように辞職するのが筋。実際に取得した人物達がその後も自治体の長を努められているのは、批判を浴びないように周到に準備をした結果なのだろうが、それでもそもそも職業としての職ではないのだから、やはりまずいだろう。

長という立場でない人物に関して、例えば、議員という立場ならば、その1票が重大事を決めるという事の頻度が少ないであろう事も考えれば、長よりも育児休暇取得の抵抗は少ないかも知れない。しかし、議員は本来、支持、投票してくれた市民を代表して、その声を議会に届けたり行政に反映させるという義務がある。

ましてや国会議員ともなれば無条件で手にする報酬が年間軽く2千万を超す、というもの、一般市民が色々な制約で取れないのを率先してなどと勝手な理屈で取得する事など許されるべきものではない。

ならば、まずは、その間の一切の報酬を辞退する、という事を最低限するくらいのことをしてはどうか。それでさえも本来、国民の声を国会に届けたり行政に反映させる、行政のチェックを行う、という責務を果たせないのだが、だいたい、こういう話が出て来る事自体で、いかに国会議員というものが国民の声なるものに鈍感か、あるいはその責務を理解していないか、わかろうというものだ。


イクメン議員と言われている人物のイクメン休暇の真意は? [所感]

某党の議員同士のカップルの披露宴で男性議員の方が育児休暇取得宣言を行って、賛否がその所属政党でも湧き上がった。

ここまでだったら、他の議員と同様、国民主権という意味を解していない、他の議員と同じレベル、そういう見方で終わったのだが、”ゲス”なる枕詞付きで週刊誌報道された、その後の国会内での報道陣から逃げるように走り去った動きを見ていると、週刊誌報道があながちどころか、”ゲス”なる枕詞付きで報道する自信を裏付けるものとなってしまった。

一つのことだけで全てについて悪し様に言うのは私らしくないが、しかし国会議員という立場にいる人物への論評で躊躇も遠慮も考慮に値しないものとして、敢えて言うが、イクメン発言、最初から意図があった話、そのように私のセンサーは感じ取っている。

私のセンサー、かなりの精度で当たる。真実を探り当てる、隠された真実を見抜く、将来を見抜く(予言)とまでも言わないが、らしいところまで当たる。

そういう私のセンサーはかの人物のイクメン発言の真意が、(育児休暇を理由に不倫の時間が作れる)というものだと、指摘している。

女好きは私も人後に落ちない方だと思うが、常識的な線で行動する。つまり大抵のことは理性がブレーキを掛けて常識的な線で落ち着くというのが世の多くの男性だろう。それを身重の奥さんがいる、あるいは出産間近、それも通常の出産とは違う妊娠状態だとわかっていて、その奥さんとの結婚後に軟派した女性を家に連れ込むなど、男以前に、人間としてどうなのかと考えてしまう。

つまり”ゲス”なのだ。

育休について、私は賛成だが、しかし、この男が身分としている議員職は、本来職業として、というよりも市民の代表という特殊な立場のもの、そういう特性からすれば、議員を辞して育児に励めばいい。単なる労働者ではない。市民あるいは国民の声を国の制度に反映させるという立場からすれば、そういう義務を果たせない時点で議員を辞するのが筋であり、他の人に譲るのが筋だ。

だいたい議員というものを職業化させること自体、本来の趣旨から外れている。国民全てが一堂に会して色々な議案を決めていくことが物理的に不可能だったからこそ、可能な人数という代議員制度、そして、その代議員はその事によって働けなくなり収入がなくなる、これを補填するという意味での手当、これが議員であり、その収入の意味合いなのだ。

だから議員報酬とか言って固定給になる事もおかしいし、職業化することもおかしい、さらに言えば、国民よりも偉いかのような風潮もおかしい。あくまで代議員という役割を演じているに過ぎない。こういう原則を理解してから現実はこうだから、そのように変えていかないといけないのに、いきなり高給で遇されるエリートとしての国会議員なるものが存在しているから、おかしな事が色々出てくる。

まあ、先人がよっぽど馬鹿だったのだろうと思うのだが、私は馬鹿ではないので、今の現状、そして前述のようなゲスが存在する事、許せないのだ。


北朝鮮 [所感]

水爆実験やら大陸間弾道弾やら、物騒なもので周囲だけでなくアメリカ中枢部にまで脅威を与えようかという北朝鮮。

通称北朝鮮だが、この国の正式名称はどうやら朝鮮民主主義人民共和国らしい。
らしい、という言葉をつけたのは、日本語に変換する時に間違って変換されたのではないかという体制であるからだ。

まず、この国の指導者が通称”将軍様”なのだが、同じ将軍という言葉を使っても日本で使う将軍という言葉の意味と朝鮮では違うのだろう。

我々が連想する将軍は征夷大将軍の略称である将軍。”暴れん坊将軍”なるタイトルのテレビドラマで表されるように将軍とは封建制度下の為政者を表す言葉としてしか私の認識はないのだが、どうだろうか。何故ならば、民主主義が国家名に入る国が封建国家などとは言い難いからなのだが。

いや軍の統率者の複数について、将軍という文言もあり、封建時代だけの呼称ではないのだが、北朝鮮のそれは単なる軍の統率者の一部を表すものというようには考えられない。

それは民主的な組織というものとはかけ離れている北朝鮮という国体から見れば、江戸の時代の将軍の権威、権力と似た意味合いでの将軍という言葉が北朝鮮の最高指導者に対して呼称としてつけられているのだろうと思う。

だが、民主主義人民共和国という国の呼称とはあまりにかけ離れている、この事、北朝鮮の友好国を認識している国はどう考えているのだろうか。民主主義? 人民共和の国? どれだけふざけた名前を国体につけているのだろうか。

そう言えば、その隣の中国も中華人民共和国という名だが実体は共産党の国である。いや、国名に現れてこそいないが中国の憲法には共産党が文言としてうたわれている、という。共産党主導の国作り、主導の国家でなければならない、というのだ。えっ? 人民が共に和する国じゃないの? という事なのだが、結局、共産党を掲げる組織とは自分たちに都合のよいようにイデオロギーを解釈する組織に他ならない、そういう事だろうか。

自身、将軍様と周囲に言われて面映ゆくもならないような人物をトップに抱いておかしいと疑問に思わない人達の国とは所詮その程度のもの、そう思うのだが、だったら自分たちだけで将軍様ごっこはやってくれ、他に迷惑を掛けるな、そう言いたい。

セブン、イレブンだけではありません、応援しているのは。 [日記]

昨年のラグビーワールドカップでの日本チームの活躍、多くの人が感動したのだと思う、俄ファンが増えたことはテレビ新聞等の露出度の多さでもわかるし、その後、国内の各種のラグビーの試合での観客動員数が飛躍的に増えたのでも明らか。

結局、テレビ中継に繋がるには国際的に強くなければならないのだと思うし、その国際試合で勝つ、あるいは圧倒的強豪国に負けたとしても、慌てさせるくらいの試合が必要だという事だろうか。ラグビーはそれを体現してくれたのだが、かつての社会人強豪チームが所在し高校チームも強かった県にいた人間としては、久し振りに血が燃えた瞬間だった。

さて、その圧倒的な力を示しているにもかかわらず、大きな大会でのトップには成れなかったスキー女子ジャンプの高梨沙羅選手。私は彼女が中学生であの大倉山で140メートルを超す大ジャンプを見せた時からのファンなのだが、彼女が試合の前後で述べる「見に来てくれる人達に感動を与えたい」という、その感動を彼女の試合からもらっている一人だ。

あの、大倉山で140メートルに到達するジャンプは、色々条件が揃わないとできないわけですが、他の選手が軒並み100メートル以下で着地する中、そこまで飛べる素質、素養は並大抵のものではないし、その後のワールドカップでの活躍が、彼女の強さを示している。

かつて日本のジャンプ陣が強かった時に身長の低い日本選手に不利なルールを強引に決めて多くの日本選手が、ルール変更について行けず、悩み、不振に陥った、そういう事を考えると女子選手の中でも一段と小柄な高梨選手が活躍できるのは奇跡に近い。

さらに力学的に言えば、男子選手だけでなく女子選手の多くが足を故障する中、高梨選手は他の選手よりもジャンプ台の先端からの落下距離が一番大きなジャンプをしているという現実がある。つまり他の選手よりも一回一回、一番大きな衝撃を受けている、という事。

落下距離だけではなく、落下する着地面も抗力として一番大きな衝撃を着地する高梨選手に与える斜度のところに着地しているわけですが、そういう事を考えるに、この感動を与えてもらっている高梨選手が故障しないことを祈らずにはいられない。

だから、彼女がオリンピックで金メダルが取れまいと世界選手権でメダルが取れまいと、世界一の女子ジャンパ―である事に変わりはない。

応援の皆さん、そういうところまで含めて高梨選手がいかに凄いのか、見てやってください。

マイナス金利 [日記]

日銀がマイナス金利政策を発表したが、個人口座にいつ転嫁されるか分かったものではない、そう思って、以前、整理した銀行口座、改めて確認してみた。

というのは、親の介護のために働くのを止めたのはいいが、全く収入のない極貧生活というか、千円の金がままならない状況の時に、友人がせっかくの才能がもったいない、と会社を設立して介護の合間でもできる仕事をやる事になり、そのための口座など作っておいたのだが、皆さんご承知の通り、冤罪による裁判沙汰で、その計画が頓挫、口座開設が意味を為さなくなった。

それが、個人的に積み立てていた金が満期で振り込まれることになるのを機に、再度、全ての口座を整理する事にした。

というのも、新規の口座を開設した銀行が2年間休眠している口座は管理料としてン千円差し引いていく、というのでなけなしの金、そんな事で何もしない銀行などに取られてはかなわない、とばかりに、そういう話の全くなかった銀行も含めて慌てて預金通帳の中身を確認する事にしたのだが、これって何だろうかと思う。

いや、仕事上で海外渡航した時の相手国通貨などが数十万。T/Cなどという時代の遺物が同様数十万。銀行では取り扱ってくれないコインだけでも数万円にもなる。合わせると百万を超す金額になるもの、これらも放置していたわけではないが、事業をする時には必要かと準備金としておいたもの、これらも早々に処分せねばならない。

円安とか円高とか本来邦貨で持っていれば関係ないもの、仕事上、海外渡航時に必要と相手国通貨にしたためにかえって損をする事になるサラリーマンも多いのではないだろうか。最近はカードでの支払い等便利なようになっているが、使用時と決済で時間差がある場合、痛い目に遭う事もある。

そのようにマネーゲームなどする気もなくひたすら預貯金に頼って暮らすか弱き庶民の金、どういうつもりで価値がなくなるようにしようとしているのだろうか。

馬を水辺に連れていっても水が飲みたくなければ馬は飲まない。
需要がないのに金を溢れさせれば返って不自然。つまり不自然な需要にしか繋がりかねない。これこそ無能の極み。

銀行なども無能でしかないから、個人預金者から管理料名目で金を取ることを既に内部では検討しているはず。その派生が色々な形で出てくるのではないだろうか。
こうなるとタンス預金しか防衛手段がない、そう思っていたら外国観光客が飛躍的に増加した反動で外国人犯罪も急増してタンス預金も狙われるとか。

現政府の政策、あくまで一部の利益しか考えていない、そういう話本当だろうか? いやここまで来れば本当なのだろう。
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