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李下に冠を正さず [政治]

森友学園問題、国民の多くは安倍晋三の説明や政府・与党の態度に納得していないらしいが、こんなもの、本来ならばさっさと処理して国民がより求めるものの審議に時間を回せばいいもの、安倍晋三が「自身や夫人が関わっていたら衆議院議員も首相も辞める」そのような趣旨の大見得を切った事が、安倍晋三の保身優先で事実究明どころか隠蔽行動に与党が終始して問題を長引かせている。

日本や中国にとどまらず、つまり洋の東西を問わず、色々な格言や諺があり、それらは我々の行動を律したり、おかしな行動はおかしな結果をもたらす事を警告している。

掲題の言葉も中学や高校での漢文を習った時に、だいたい一緒に習う言葉だと思う。
疑われる行動をとるな、という事だが、用いられている言葉を見れば、庶民にこそ当てはまるような内容だが、しかし、多くは役人にこそ、発せられている警告と取るべきである。

李を取るように見えたって、取っていなければ注意されることも罰せられる事もないはずであり、それを疑って、注意したり罰することは、それをした側にこそ問題がある、そういう事ではないだろうか。これが封建時代と法治による近代との差だと思う。

首相及び首相夫人が肩入れしている森友学園、そのように読んだ財務省官僚たちの忖度、これが問題だとしているのだから、その事実の有無を究明し、その事実があれば、そういうことをなくす、役人への縛りを入れた法律を作ればいいだけ。ああだこうだ言っても、法律的に責任を問えず、道義的にまずい、そういう事であれば、そういう法案を作ることで与野党で協力していけばいいだけ。

法で罰せられないからいいんだ、などと思ってはいけない。何故ならば法とは人間が作るものだから、完璧ではない。つまり本来あるべき姿になっていないものがあれば、あるべき姿にする、そうあるべき。

ここで問題なのは、国民の財産とも言うべき国有地の払い下げが、今回は、結果としてごみ処理等の費用問題と絡めば、決して国庫としてマイナスにはなっていないかもしれないが、そうでないケースもあるのだから、当事者の評価など疑われるような処理のみで行ってはいけない、そういう事を立法化するべき、という事だろうか。

官僚が国民の財産を勝手に減価して一部の人間への便宜を図るべきではない、そういう事だろう。しっかり罰則付きで立法するべきである。
時の政府の顔色を窺い、国民の生命・財産をないがしろにする、こういう事が官僚の中で日常的に行われたり体質として蔓延している、これが問題というか重大な問題という事なのだ。

国民への奉仕が目的の公務員にして国民よりも政府や閣僚への奉仕を優先する事があってはならないはずなのだが、役人にそういう事があればそれこそ政権を預かっている政府・与党の重大な責任問題であり、即刻、政権の座から降りるべき、そういうものだ。

国民主権、主権在民と言った方がいいだろうか、この事を理解していない官僚の存在を許すことが政府の怠慢である事、もっと政府の人間が理解するべきなのだが、どうもこの国の議員や役人たちは行政とか国の成り立ちとか税金とか、そういう事についてあまりにも鈍感すぎる。

皆さんにお願いしたいこと! [政治]

また、ブログ更新がままならない生活に戻ることになりそうですが、皆さんにお願いしたい事があります。

それは、国民に縛りを入れるような憲法に改悪させない活動をしてほしい事です。
安倍晋三が口に出した年限は2020年です。しかし、その前に矢継ぎ早に手を打ってくるのは当然でしょう、

安倍晋三は私よりも下の世代ですが、若い世代に安倍晋三のようなファッショが蔓延する事、信じられません。

我々世代は、70年安保で疲弊したリベラリズムや学生運動の反動で、政治的発言を全く嫌い、自分の色を出さない、そういう人物が大勢でした。下手な口をきいて、権力を握る人間に睨まれたくない、そういう事でしょうか。

しかし、そういう事が決していい結果に繋がらないのは、今の我々を取り巻く法律を見れば明らかではないでしょうか。
前のブログでも書いた通り、ひとたび警察沙汰になると、彼らは決して自分たちの間違いを認めようとせず、いや、検察の方がもっとひどいでしょうか。

厚労省の局長も訴追事件では、決め手に欠けた事案であるにもかかわらず長期の拘束の挙句に、証拠のねつ造にまで手を染めて、この時は、内部告発により担当主任検事が刑務所に入る事で、最終的にはうやむやになってしまいましたが、この体質、一朝一夕で変わらないのは、同時進行していた私の事案など見直しの欠片もなかったという事で、明らかです。

多くの事案について、検察はあり得ない事を根拠に訴追しています。そして、こういうことが今後激しくなるどころか、罪に落ちる人の数も増え、そして重罰化する、そういう事なのです。

誰が彼らの活動資金や給料を払っているのですか?
国民ですよ。その国民に対して、恫喝・威嚇他、何でもございで、平気で嘘を言って、彼らに有利な調書を作り上げてしまう、これが戦前の治安維持法だったわけですが、やり方その他、全く私の事案と変わりません。

私の事案でなくとも沖縄の辺野古問題で抗議活動をしていたリーダーが逮捕されて、信じられない長期の拘束されましたね。この拘束誰がやるのでしょうか。いかにも警察とか検察のようですが、実は裁判所です。裁判所の拘束命令がなければ検察も警察も拘束できません。

もっともその理由は検察があれやこれや嘘満載で裁判所に吹き込むのですが、抗議活動をしている人物を拘束したからと、世の中が大きく乱れるという事などありません。証拠隠滅などもありません。でも見せしめにこういう事、検察も裁判所もやるんです。

2000年代に入った裁判でさえ、検察・裁判所はこういうことをしているのですから、安倍晋三の改憲という名のおかしな憲法制定に手を貸せば、これからの日本がより官僚の天下になり、目先の利益にさとい人物の社会になってしまう。そしてこの社会には主権在民などありません。

安倍晋三はロシアでの記者会見の時に、人権などという言葉を使いましたが、私は耳を疑いました。一番人権を制限する法律を立て続けに通してきた人物が人権などという言葉を使ったのですが、それは、武力行使の名目として、人権他の民主主義社会の必須であるものを守るために、武力行使につながる動きを正当化する、そういう事です。

役人から権力を取り上げる法律の一つでも作ってみろ、私はそう言いたい。国民に主権があるのに、そうでないと感じる国家であればこそ、そういうことを積み上げて、初めて信頼を得るのだと思うが、安倍晋三はそういう手続きをすべて飛ばしている。

そりゃ、安倍晋三にはそういう気持ちなどないからで、岸信介の復権がなればいい、それだけですよ。
彼の、政治家としてやってきたことを見れば、政治を私的目的に使っている安倍晋三を総裁として担いでいる自民党のレベルの低さがよくわかろうというものです。

皆さん、安倍晋三と心中しますか? 私は御免です。

時代錯誤の学校教師並みの政府とそれを感じない国民 [政治]

少しばかり長いタイトルになってしまったが、タイトルから言わんとする事、感じ取れただろうか。

皆さんは、学校教育を受けていた時、どのような生徒だったでしょうか。

私など、集団教育など小学校入学で初めて、そういう小学校児童だったこともあって、母親が、特殊学級(遺伝、後天的病気、怪我等で授業内容についていけない児童をそのようなクラスに入れていたという、当時はそのような名称だった)に入れてくれ、そのように学校とか担任からいつ言われるだろうか、と心配する児童だった。

今で言う学級崩壊のようなクラスだったのだが、そういう事、母親には通じないし、形として見えるのは、宿題は忘れる、持参すべき学用品は把握できていない、何だかいつの間にか立たされていたらしい(私自身にはそういう記憶がないが、近所の同学年の人物が、そのように言っていたらしい)。

つまり学校に反発したり抵抗したりしていたわけではないが、結果としてクラス担任の言う通りになっていない児童、そういう事だったのだが、しかし、たった一ヶ月足らずの在学期間で、上記のような恐れを母親が持った、その学校からゴールデンウィーク前に転校した学校では、ごく普通の児童として通学できるようになった。

いや、普通の児童どころか、担任からすると、おとなしく学業も優秀な扱いやすい児童、そういう位置づけだっただろうか。まだ、自身の事さえ分かっていないのだから私には自我もなかった、そういうものだと思うのだが、そういう私が変わったわけではなく、やはり学校とか教師そのものに差があったのだろうと思う。

当時の一クラスの生徒数はかなりのものだったが、最初の学校のクラスは、その典型だったのだろうと思う。だから一番後ろの席にいた私には担任が何を言っているのか聞き取れないどころか、担任と私の間にいる児童たちの全く秩序のない騒ぎしか記憶に残っていなかったのも、当然だと思う。

そういう意味では、ある程度の規律は学校内にあってしかるべき、それは私も賛成する。
だが、その転校した学校で、上級学年に進級した私を待っていたのは、担任教師からの毎日のようなバッシングだった。

その学校で、同じ学年で東大に進んだ児童が少なくとも二人はいたのだが、そういう彼らよりも成績も知能テストも上だった私が、学校や担任を困らせる型破りの児童だったのか?

否。指名された算数の問題への回答が誤答とされ(小学校入学以来、算数で間違ったことは一度もなかった)、確認の為に帰宅後に検証して、翌日、間違えやすいところを間違えたのは、むしろ担任が利用していたアンチョコの方で、このように検算すれば正解が私の回答したものになる、そう指摘した、その事が、毎日、毎授業、算数を除いて私を立たせるためだけの授業になってしまった、こういう経験をすると、授業とは何なのだろうか、とか学校とは何なのだろうか、そのように考えてしまう。

その後、転校をしたりしてから初めて中学校というところで生徒手帳なるものを与えられた。
ここで、学校とか教師とかいう人種のバカさ加減というか、詭弁を弄したり、ずるさに気づくのだが、皆さんは、なんとも思わずに毎日、通学したり学校教育を受けていたのだろうか。

学校の校則なるものは、生徒のためではなく、生徒を管理する学校とか教師が仕事としてやりやすくするためのものであり、決して生徒の為にと作られたものではない、これが当時の私の結論だった。

現に、街を歩いていたりあるいは成人映画上映館の近辺を生徒が歩いていたり、いや、入ったり、そういうことをチェックしやすいようにと、校則では、外出は学生服着用で頭は坊主刈り。生徒の事を思うならば何故、頭に髪の毛があるのか、そういう事から頭を保護するための毛髪をわざわざ短くしろなどというのもおかしな話、とか校則の内容に教師自身が疑問を抱いてもおかしくないのだが、生徒のそういう反論に対して、教師の指示に従わない反抗的な生徒、そういう事になってしまうのだろうか。

中学時代は、突如として学校から指示してきた坊主刈りに反抗して、私は普通に坊ちゃん刈りにしていた。教師の受けは悪かったが、年齢相応の生き方をしていた私としては誰に恥じる事もないと、卒業まで、それで通した。

ところがあまり裕福でないわが家庭では公立高校に進学せざるを得ず、さすがに、高校は、入学できない恐れさえあったので、校則に従ったが、高校教師のバカさ加減に呆れた私は今度は丸坊主の頭で学生服を着て、成人映画館などに入ったものだ。

どこをどう見たって義務教育どころか高校の校則でさえも生徒の事を主眼に作られた校則ではない、そんな事が高校生どころか中学生でさえわかる、そういうもの、自律とか自立とか言っている教師が肯定していることが不思議だったが、実は日教組などと革新あるいはリベラルと言った方がいいだろうか、そのシンボルのような教師が実は、ガリガリの保守だったのだから、ほんとに笑えてしまう。

まあ、今は生徒会とか生徒に校則の内容を任せている学校も結構あるらしいが、上記のような学校を経てきた私には、生徒をバカにしたかのような思考停止の学校教育あるいは校則には本当に反吐が出るのだが、そういうことをおかしいとも思わずに学校を卒業してきたおバカが、今、またおかしなことをやっている。

いや、法律の一つ一つについて言っているわけではない。
大きなお世話、そう思える法律を政府や役人が次々と作っているからだ。

一挙手一投足についてがんじがらめで、皆さんは楽しく生きていると思っているのだろうか。

右足を上げたら、次はそれを前方に出して次は着地して、それからでないと左足を上にあげてはだめだとか、歩き方まで指示される生活のどこが自立した個人であるのか、人権が尊重された社会だとか民主主義社会だとか言えるのだろうか。

何かするたびに法に触れていないか確認しなければ何もできないのでは、それこそ、全体主義国家とか警察国家であって民主主義国家とは言わない。縛りを入れるならば、それは国民にではなく、憲法にのっとっているかどうかという法に対しての縛りあるいは、国民の希望に合っているかどうかという、立法、行政側に対してであり、法律の成案毎に国民への縛りが増えるという国民の税金で食っている役人が、それこそ自分たちが仕事をしやすくするためだけであり、国民のためなどとは全く違う、これが今の政府や役人の立法・行政に対しての考えである。

これって私が経験してきた、おかしな校長、教員たちによるおかしな学校の校則とどこが違うだろうか。つまり、今、色々と躍起になって国民に縛りを入れる法律を作り法案を通している連中は、生徒を下に見て自分たちが仕事をしやすくしていた学校管理者・教員と全く変わらないのだが、大人の皆さんが彼らに子供として扱われているのに、それに違和感を感じないというのはどうなのだろうか、そう思う。

頭の悪い奴が憲法改正などとは言わない事 [政治]

憲法記念日という事もあって、憲法改正の動きやそれに言及する首相以下の閣僚等のインタビューテレビで流されていたが、改めて。

ブログなので詳細に記述できず、かなり端折るが、ここに書くこと、改めて、真剣に読んでほしい。

安倍晋三が憲法改正について祖父や父親の悲願であり、2020年という期限を切っての実現を目指すという趣旨の内容を述べていた。

しかし、この発想、おかしくないだろうか。クローンでもあるまいし、岸信介や安倍晋太郎が何故、憲法改正を唱えていたのか、あるいはその内容が今に通じるのか、そういうこと等、全く言及せずに自身の祖父や父親の名前を言う事は、国政を私物化している以外の何物でもない。

安倍晋太郎については首相になっていないので彼の憲法改正に関しての持論を知らないが、岸信介については、安倍本人が言うほどお世辞にも立派だとは思えない。確かに戦後政治の中に出てきているし、首相まで務めた、そういう事だろうが、戦後の大事な時期に民主主義を根付かせなかった自民党の一員、そういう位置づけでしかない。

結局、岸信介も他の自民党国会議員も国民主権どころか、国民など馬鹿だから、大事な情報は国民に流すな、そのための国会議員であり政治なのだ、とまあ戦前の体質をそのまま引きずった人間に過ぎない。

少し前のブログで民進党現幹事長を、厚顔無恥で国民の事を理解できていない人物という趣旨の内容で批判したが、岸信介も同様である。

三百万余の死者を出した第二次大戦へと日本を導いた内閣の一員。当時商工大臣として宣戦布告書に名を連ねた責任を感じたならば、ふつう、表に出ようとは思わない、それが人間ではないだろうかと思う。

よしんば百歩譲ったとして、もうあのような悲惨な状況に日本国民を陥らせてはならない、そのように国家のため、国民のため、そういう評価を受けた政治活動であったならば、戦勝国による裁判の結果、そのように戦犯の汚名を国民は日本人として心の中から消し去る、そういう事であったかもしれない。

しかし、国を割るような安保騒動を引き起こして大勢の若者を喪失感に陥らせたり、あるいはあちこちの公害とか社会のすべての悪の根源が日本国憲法に依存するという(今回の憲法記念日にも当時の岸信介のこの談話がテレビで流されていましたね)おおよそ、戦後政治を担った政治家としては、とても考えられない事なのだ。

考えてもわかる話で、近年二度ほど非自民党政権が発足したが、それ以外は戦後の混乱期を除いて戦後からほぼ一貫して自民党政権が続いている。その自分たちの行政責任を無視しての、社会のおかしなことが日本国憲法にある、そう岸信介は言っているのだ。

平和憲法と言われる今の日本国憲法があってさえ、世界的に見ても通常戦力で言えば世界屈指の戦力を持っている日本。とても平和憲法による為政の結果とは思えないのだが、憲法があってさえ、こういうことを自民党政治は行ってきたのだ。

いや、戦力を持つななどと言うのではない。法や行政に縛りがあってさえ、自民党政治は強引に自分たちの思う方に日本社会をもってきている。これに歯止めがなかったら、本当はもっととんでもない事になっていたのではないだろうか。

ポチである日本がご主人様の決めた憲法などちゃんちゃらおかしくて守ってられるか、というのを心の中だけにとどめられずに表に出す、そういう事だろうか。
しかし、当時でさえも日本がポチではなかったし、まして憲法にはアメリカによる指針などという事が入らずに、日本人の法学者たちが草案に携わって作られた、その事が近年より明らかになっているのに、何故、押し付けられた憲法などと、同盟国の親日家が聞いたら気を悪くするようなことを平気で政権政党の幹部が言うのか不思議でしょうがない。

岸信介に話を戻せば、第二次大戦に至った戦前の政治や社会の仕組みの検証あるいは何故、止まらなかったのか止められなかったのか、さらには開戦はしても、戦争を早期に終結させるシステムが何故なかったのか等軍人とはいえ徴兵による多くの国民を犠牲にした、そういうシステムの総括と再発させないシステムの構築を図らなければならないのに、岸信介はやっていない。

日本が何故、第二次大戦の総括をしていないかと言えば、戦後政治を担ってきたのが自民党であり、その自民党にとってあるいは政権に入った幹部の国会議員にとって第二次大戦の総括は自らに唾するもの、そういう事になるからだろう。

戦後も国会議員として活動する動機が、勇気と、国民の事を第一に考えて、反省の上でなっているならば、傲岸な政治は行われていなかったと思う。民主主義の醸成に力を尽くすどころか利権構造を作り続けた国会議員たちの末裔が今も権力を握っている事考えれば、とても彼らに改憲のイニシアチブなど取ってほしくはない、そう思うのではないだろうか。

だいたい、戦争の総括もしないで、日本国憲法の批判などするな、そういうところだが、憲法以前に戦前から持ち越された行政の組織、例えば旧内務省など相も変わらず国民を下に見る組織等の解体の方が急務だと思うのだが、何を急いで憲法改正などとやるのか。だからこそ、法や役人に縛りを入れないで国民に縛りを入れようとする法案が自民党政権下でてんこ盛りなのだ。

戦後の総括で思い出したが、戦勝国の裁判でなくとも日本を戦争に導いた宣戦布告書にサインした面々への日本国としての裁判は終わっていない。そういうことを知れば、岸信介の名など恥ずかしくて出せないだろうに、やっぱり政治家が厚顔無恥はこういうことを見てもわかるというもの。

憲法改正? 誰のため? [政治]

安倍晋三が、またとんでもないことを言い出した。
「憲法改正の機運が高まっている」などと。

え? 誰がそんな事言ってるの?
今、憲法改正しなければ、とんでもないことになる、そのように国民の中で言っている人、どこにいる?

時代は動いているし、北朝鮮のような日本に対して脅しのような事、それも日本という具体的国名まで上げるようなおかしな国家が現れるようなことになれば、日本が今のままで大丈夫だろうか、そう考える人は少なくないだろう。

そういうことを考えると、例えば、北朝鮮からミサイルが飛んできても、明確な反撃手段を持たない日本は、アメリカ頼みという事になるが、自立国家として、それでいいのだろうか、あるいは日本国民の本当の気持ちを具現化する形での反撃を米軍が行ってくれるだろうかとか、そういうところまでの保証は何もない。

ただただ、自衛のための軍備、そういう事でしか第二次大戦の反省からきた日本には、戦う形はない。しかし、敗戦直後とは世界の状況も変わっているし、すぐそばの朝鮮半島では休戦状態という構図まであり、その一方の当事者である北朝鮮が核装備まで進めた上に、その対象であるアメリカというものを、何故か、安倍晋三は、日本に対する重大な脅威であると、北朝鮮とアメリカの対峙する中に割って入って、北朝鮮の矢面に立つ事を敢えてしている。

え? これ何だ? そう思った御仁はたくさんいると思うが、国民の安全安心を図るべき首相があえて日本にミサイル攻撃を誘導し、その脅威があるから日本は米軍と一体になって行動しなければならない、などというのも、あまりに見え透いていないだろうか。

本当に、安倍晋三という人物、何をしたいのか、相変わらず見えてこない。

確かに、北朝鮮の問題は、喫緊の課題だし、核武装して日本人の思いを込めた核ミサイルを北朝鮮に打ち込む、そういう反撃体制も必要かとは思う。
また、常態化した尖閣周辺への中国の領海侵犯など、中国という国の脅威は年ごとに増すばかり。そういう極東情勢の中、日本の安全保障体制が今のままでいいとは思わない。

だが、法の整備にしろ憲法改正にしろ、それは国民の為にという事が根底になければならないし、そのためにも日本をどこにもっていこうとするのか、それをはっきりさせるのが政権政党の責任者の義務だとも思うのだが、「美しい日本」のどこに国民のためというものが存在するのか、安倍晋三自身が語っていないではないか。

戦後数十年から百年になろうという時代を経れば、変化の激しい時代に合致しないものが出てくる、それは仕方のない事で、憲法が改正されるべき、そういうものも出てくるかもしれない。

しかし、だからと一番信用できない人物のもとで、憲法改正などする気はない。それは安倍晋三が国民のための憲法改正などではなく、国家が国民の上に鎮座する形での憲法というものに変形させようという意図がありありだし、本来、法律に縛りを入れるべき憲法を、国民に縛りを入れるものへと変質させようと考えている事明白だからだ。

だいたい、憲法改正しなければならないものを、いい加減な「解釈」云々というもので実体を変えてきた自民党が国民の大多数の信頼を受けて憲法改正できるのだろうか。

安倍君、国民の為に憲法改正をしたいというなら、まずは君が国政から身を引く、それが最初のステップだと思うが、わかっているかな? いや、君のおつむではわからないかもな。

高速道路って誰の既得権? [政治]

偉そうに私を政府首班に、などと言っても私にどれだけの能力があるか、私の周囲の人たちだってわかっていない。まあ、かつての学校の恩師とか所属企業の上司とか、本当に一握りしかいないだろう。

そういう人たちだって、私の真の実力など知りもしないと思うが。では、その一端を、今日は、これからお話ししよう。

車で遠出する機会の少ない学生だったり、あるいは車とは縁のない低所得の社会人であった頃、高速道路の事、現実味がなかったが、それでも首都高の無料化などという話は、会社の仕事などで同僚の運転する車で首都高速を利用するときに語られていた。

高速(有料)道路の無料化は、建設時の投資が償却された時、そういう話で、首都高などは利用者も多く、早めの無料化が期待された。

ところが、ところがである。いつの間にか、首都高の無料化は、上り(あがり)を他の高速道路建設の原資とすることにいつの間にか変わっていってしまった。

郵政事業の国民が預けた金の行き所が高速道路など、無謀な投資を招いている、そういう話のもと小泉政権時代に郵政事業の民営化、高速道路公団の分割民営化が図られたが、そもそも、高速道路は初期投資が回収されたら無料化が筋ではなかったのか。

結局、筋論を忘れると、おかしな話が定着してそのまま当たり前になる傾向が日本は多い。これらほとんどが官僚の懐に利益誘導されるものなのだが、もちろん現役官僚という話ではなく、退任後の話である。

国民への利益還元、このために公務員は、代わりに、税金から報酬を受けとれるのだが、国民への利益還元をしないならば、国民の税金から給与を受け取る資格はないはずなのだ。であるのに、いつのまにか自分たちの為に税金を、動かす、そういう事にすり替わっている現実をもっと我々は知るべきだと思うのだが、そういう観点で、何故、猪瀬直樹が評価されたのか、私には全く分からないのだ。

欧米に行かれた人もたくさんいると思うが、例えばアメリカの高速道路。今、有料化の話もあるらしいが、一部、橋を除いて無料。

何故、アメリカは無料で高速道路が存在し、日本は有料道路ばかりなのか?
シンプルに道路自体を見てわかるのだが、日本の高速道路はオーバースペックなのだ。つまり必要以上に何物にも金をかけすぎている。

何故、そんな仕様になったりあれこれ装備されるのかと言えば、いわゆる利権の構図からだ。
あれが必要、これが必要と言えば、それぞれの供給業者との癒着、すなわち高額での取引を含めて建設業者にも担当者にもあるいは担当部局と言い換えた方がいいかもしれない、恩恵がある。

オリンピックの施設や国立競技場だって、精査しなければとんでもない金額になっていたし、いや、今だって本当はもっと安くできるもの、IOCのバカ会長、いやバッハだったか、その会長と東京オリンピックの組織委責任者との癒着構造で費用が高止まりしてしまった。

オリンピックの主催はマイナスだけでなくプラスもあるので表立って全面的非難をする人も少ないが、日本のように少子高齢化がこれから一段と進むと言われている国にとっては、高額の負債は今後厳しいものになる。

道路だって、必要なものは作ればいいと思う。だが、一方、こんなに金をかけているのだろうかと思うのが日本の高速道路であり、最近やっと、辺鄙なところを通る高速道路が分相応に簡素化しだしたが、アメリカの高速道路は、日本の高速道路と比べて、シンプルであり、これなら、日本の一級国道のように、一般予算で保守ができるのではないか、そう思う。つまり初期投資の回収後は、保守・維持費が必要だ、などと噓の名目をつけることもなく、無料にできるのだ。

ところが日本の主要高速道路は、その保守・維持の費用が高いからと、有料である事の意義を説明されているが、一級国道並では何故、悪かったのだろうか。その答えが前述のような利益誘導の構図を盛り込んだからなのだが、気前よく道路を作りすぎたために、一般道路(橋梁・橋脚も含む)の保守・維持費だけでさえ、現時点で数百兆円に及ぼうか、そういう時代が来るのに、国を守るという観念からは遠い、官僚のよこしまな気持ち。国をすでに滅ぼしかけている。

日本全体の経済活動を考えれば全ての国道を経済指標だけで考えてはよくない。だが、だからと遠く人里離れた地域までもが何故、割高の建設費を投じてまで作られなければならないのか。

誰だって人口密集地に道路を通せば渋滞で経済効率が悪くなるのはわかる。既存の一級国道はその成り立ちから渋滞からは逃れられない経路を辿っているのだが、アメリカの高速道路を見れば、そういう事への対処なども簡単に見えてくる。

圏央道路などはその概念の一つなのだが、ところが相変わらず華美な道路建設という根本的なところは変わっていない。高速道路という名の道路建設、やればやるほど誰かの既得権益が増して、瘦せる国家財政や庶民の懐とは別のところで、ほくそ笑んでいる連中がいる。

戦後何十年、多くの国会議員が渡米しているのに、そんな知恵の一つも出てこない現実が恐ろしい。
道路一つ取ったって、馬鹿じゃなかろか、そういう事をやっているのだから、他の事も推して知るべし。

国会議員というおバカさんたちに任せきりでは、国はよくならない。

良心のなくなった自民党政治 [政治]

いよいよ今年も押し詰まり、一年の垢を落とすべく、いろいろ忙しい中、何とかこれだけは書いておきたいと思う事があったので、時間のない中、乱筆(ワープロだから関係ないか)乱文で失礼とは思ったが、アップする事にした。

2016年の年末を控えて、国会会期末に合わせるように自民党が、ばたばたと通した法案とロシアとの首脳外交。

違和感を感じた人も多かったと思うのだが、その違和感が、何故か、政治の舞台に反映されるような声となっていない気がする。

以前、竹中平蔵という人物が、派遣業をニュービジネスとして、その派遣業で名を売ったグッドウィルの社長をニュービジネスの旗手と持ち上げて握手している写真雑誌に載っていたことがあったが、派遣業は江戸の昔で言えば、口入れ屋であり、わずかばかりの手間賃で稼ぐ底辺の人たちの上前を掠め取る仕事として、世間では受け取られていた。

つまり、まっとうな人間ならば、汗水たらして稼いだ人たちの、わずかな手間賃からさらに上前を撥ねるような搾取する仕事を業としてやろうなどとは考えない、そういう口入れ屋稼業が一時期はヤクザ、暴力団の資金稼ぎとなる肉体作業の手配師の仕事を反社会的な行為として禁止してきたという歴史を無視して、竹中平蔵が何を勘違いしたか、ニュービジネスなどと称して、派遣業の対象業種拡大を図り、国民の中の格差拡大をもたらしたというわけだが、その張本人がその派遣業の真っただ中にいる企業の顧問、のちに会長として多額の報酬を受け取っている、というまことに、まっとうな人間ならば恥ずかしいことをしたのだが、そういう事、この国では、非難もしなくなっている。

大臣という職権を利用して派遣業に便宜を図って、後に、その中の一社から報酬を受け取るのは、収賄とは違うのだろうか。

このようなことを平気で行う自民党という政党だからなのかもしれないが、カジノ法案を簡単に数の力で通してしまった。

ビジネスの世界では、ウィンウィンというのが、取引する双方でお互いに満足するビジネスという事になる。つまり物の交換、物とサービスの交換等において、納得する取引という事になるのだが、カジノの場合、どうだろうか。

純粋に、プレーを楽しむという人たちが全くいない、などとは言わない。しかし、その多くは射幸心ではないが、多額の金を得ることを目的として、時間と金をつぎ込み、結果として満足感を得られないすってんてんの状況でカジノを後にする、そういう事ではないだろうか。

いわば、多くの人の不幸を代償に売り上げを上げるというのがカジノである、ということであり、それを日本観光に訪れる外国人観光客を対象に導入する、という。東京オリンピック招致で語られた「おもてなし」が、このカジノの考え方のどこにあるのだろうか。

他人の懐を貧しくさせてまでも自らは潤いたいというのが、日本の心なのだろうか。このどこに「侘び寂び」の文化があるのだろうか。

本当におもてなしの心があるならば、安くていいものをサービスして喜んでもらえれば、リピーターも増えるだろうし、日本という国に行ってみたい、そういう外国人も増えるのではないだろうか。

カジノですった悪い思い出しかないようなものや大型のリゾートの目玉として日本の良さを知ってもらうような機会の失われるものを経済成長の目玉とするなど、いよいよ、この内閣の底が見えた、そういうものではないだろうか。

さて、その首相自らが企画したロシアの大統領との首脳外交。外国から見たら、どのように映っただろうか。
 EUはロシアによるウクライナのクリミア併合を非難して経済制裁を加え、さらに強化しようとしている。EUやウクライナから見れば、日本の行為はスト破りに映らないだろうか。日本とて、ウクライナという国の置かれている立場が他人ごとではない事を思い浮かべるべきである。

 決して拡張主義を悪い事と認めようとしないどころか、他国を非難する一方で自国は軍国主義をひた走っている中国。今にも尖閣に上陸して既得権化しようとしている中国という国の、そのターゲットとなっている日本が対中経済制裁を国際社会に訴えて、それを無視するかのように自国の利益だけ考えて行動するEU諸国が出てきたら、どうだろうか。

 中国の日本に対する無礼な行動があってさえ、フランスやイギリスなどが対中貿易を拡大しようと首脳外交をしていたのは、ほんの数年前であり、我々日本人は嫌な思いをしたはずだと思うのだが。

 心ある人であるならば安部の首脳外交、眉を顰めているだろう。自分たちの故郷を追われた北方領土の住民の心情を慮らないわけではないが、ロシアの前身である旧ソ連による関東軍やその軍属のシベリア抑留では北方領土住民の人口をはるかに超える死者を出している。

 東京裁判では旧日本軍の捕虜虐待が問われ、前線の兵士達がその罪を問われて処刑されている一方で、旧ソ連の、シベリアに抑留された、捕虜ともいうべき旧日本兵やその軍属に対する非人道的な扱いについて、問題にされていない。日本が問題にしなくてどこの国が問題にするだろうか。日本国政府として、どのように考え、どのようにしていくのか、はっきりとさせるべきことだと思う。それができていないのは、先の大戦の総括を日本が全くしていないからではないだろうか。

自民党には、先の大戦の総括をされることで困る人物が多数いた、その事と総括が行われてこなかった事とは、無縁ではないと思うが、そのように自分たちに都合の良い事ばかりしてきた政党が果たして本当に政権政党としてふさわしかったのか。

かつて東条英機の孫なる人物がマスコミに出て、偉そうにいろいろ述べていたが、同じように見ると、旧戦犯の孫が、その祖父と同じように日本を危険な国にもっていっている気がしてならない。

そして一番、信用のできない国の一つであるロシアに経済協力するという。経済協力する対象に、北方領土も入っているらしいが、経済的に価値が上がった地域を他国に引き渡すなどあり得ないのではないだろうか。まして自国の利益優先で国際的な条約を反故にして他国に攻め入った旧ソ連の後継国であるロシアなど信用するほうがおかしい。

平和国家らしくはないが、例え百年、二百年、いや千年掛かろうと日本は北方領土を取り戻す、そう宣言して軍事的圧力をかけ続ければいい。北方四島が日本の領土というならば、これの奪回は日本国憲法や国際法で保障される自衛権の行使に他ならないのではないだろうか。

そういう論議をもっと日本国内で活発化させてこそ、ロシアへの圧力となる。当然、そのような地域に民間のロシア人が住み続けようとか、あるいは入植しようなどとは思わないだろう。

大国ロシアなどとロシア人自身や日本人も思っているかもしれないが、国土面積はともかく、人口では1億3千万弱と、1億4千万強の差。思うほど人口では差がない。ましてやGDP比では4兆1千億ドル強の日本に比してロシアは1兆3千億ドルと3兆ドル近い差がある。

どう見たって大国と言うなら、ロシアよりもむしろ日本のほうだろう。ロシア人のほとんども、そういう日本の実力を知らないからこそ、甘い事を言ったり、ロシアの固有の領土だなどと、事実を知ろうとせずに、日本を見下した発言に繋がっている。

そういう国を相手に、遊ばれるような外交などするべきではない。抑留されて彼の地で亡くなった日本人に失礼というものである。外交官がしっかりと外交官らしい仕事をしていれば、その積み重ねで、プーチンのような態度はとれない、そのように一般のロシア人もその代表である大統領も取れなくなっていたに違いない。

ロシアと日本の、GDPを始めとする国力の差は、今後もどんどん差が開くことはあっても縮まる事は当面ないのだから、何を焦っておかしな外交をやるのか。これはもう、ただただ安倍晋三という人物の個人的な利益(自身あるいはその祖父や父親の評価を含む)に依存すること以外何物でもないだろう。

江戸時代なら死罪?年金の不正運用 [政治]

GPIFの年金運用における赤字が公表されたが、参院選前に巷で騒がれた通りの赤字、すなわち、参院選前に公表されれば、与党の敗北につながるとして、定例の公表時期を遅らせて、参院選後に発表するという姑息なやり方を反映する5兆円という大きな赤字が発生している。

さらに、この対象期間前の期も5兆円の赤字という事でトータルすると10兆円超という、安倍政権が年金運用における縛りを我田引水のように、株式投資に持っていけるように解いた、これが、そのまま赤字に反映されているような経済通の分析である。

江戸の時代、盗人が10両の金子を盗めば、死罪、そのように相場が決まっていたようなのだが、GPIFの運用損の10兆円の赤字、これは我々庶民のお金を盗んだのと実態は同じ。それを企画した安倍晋三は死罪、そういう事にはならないのだろうか。

仕事上やったことだから罪は問われない? とんでもない、盗人も盗みは盗人の仕事。たとえ仕事といえども反社会的行為にはしっかり責任を取らせる、これが現代社会ではないだろうか。だからヤクザ屋さんたち、訴追されているんだろうに。正しくない事はまさしく不正、だから安倍晋三のやったこと、不正と書いたのだが。

姑息役人達だって、おかしなことをして訴追を免れるなんて、そりゃ法律がおかしいだろう。こういうことをし続けるなら、ぜひとも自公政権を潰して、公務員でもその目的を外して行ったことは過去に遡ってその罪を問う、そのようにしなくては、こういう反社会的行動が役人や官僚たちからなくならない。

この事、死罪にしてもおかしくない、そう思うのは、マスコミが取り上げている損失額が、実は運用での損失の話に特定しているが、日銀と併せての投資金額が一部上場企業の10%になろうかというかなりの比率で、かなりの企業の筆頭株主になっているという現実、これについては語られていない。

日銀がどれだけ投資して株価を買い支えていこうが直接的に我々は関係ないし、日銀総裁の黒田氏が安倍晋三と共に刑務所に入ればいい。だがGPIFまで巻き込んで株価の上昇を図ったり見せかけの景気浮揚を図ることは許されない。

GPIFの運用損失には株式の売却による損失は計上されていない。運用損失には株の売却価格が計算されているように見えるが、これは見かけ上の計算であり、日銀、GPIFが株を購入して株価を上げたのとは反対に、発行株式に占める大きな比率で株が売却されれば、当然のことながら株価は下がる。

これがどこまで下がるかわからないが、株価を上げた時とは違って、それ以上の値下がりを生むだろう。つまり株運用比率を上げた時に、その分で購入した金額がそのまま元に戻ることはない。だから運用損を出さないというなら、株の配当で株の売却損失分と、購入時から売却時までの、他の運用であれば得られたはずの収入分を合わせた額を配当で得た後、初めてその運用が間違いでなかった、そう言えるのだが。

つまりGPIFは既にとんでもない金額の含み損を抱えていることになるのだが、それをカバーできるほどの経済的繁栄をどういう産業が、あるいはどういう国が見せるか、という雲をつかむような話しかない。

だが、GPIFは年金需要に対応しなければならない目的があり、いつまでも潤沢な資金運用ができるわけではない。つまり株の売却を迫られた時に、株価が低迷状態であれば、弱り目にたたり目、そういう事になるのだが、その時は今の運用責任者も影響力を行使している安倍晋三も知らぬ顔の半兵衛を決め込むのではないだろうか、あるいはもうこの世にはいないかもしれないが。

だが、こういう事をはっきりと示さずに勝手な事をしていいわけがない。日本人はどこまでそういう事に無関心なのか、いや馬鹿なのか、不思議でしょうがないが、衆愚などこういう世界で意味はない。

政治家と良識 [政治]

少し前のブログで橋下徹氏が司会しているテレビ番組での前とか元知事経験者たちの言動についての感想を書き、その中で橋下氏が一番庶民感覚に近い発言をしたと書いたと思う。

だが、例えば、政治家で叩いてホコリの出ない政治家などいない、そういう政治とか政治家全般についての彼の発言は、それを肯定する姿勢が見られる。本人は、自身について、しっかり説明できる形をとるように是正したり役所の事務局と話し合って、対応したと言っている。

自身が、それが対応策として良い、そう思ってしたのだったら、そういう話をするべきだし、既成政治家の今の姿を肯定するような話をすべきではない、そう思うのだが。

舛添要一氏の政治資金使い方について、いい事ではないが法に触れない、そういう中で、家族旅行が会議費名目で経理処理されていた問題は、政治資金規正法が政治家の政治資金として収入が賄賂というケースがある場合を想定して、入りに厳しく、出にザルであるという事、政治家が賄賂を贈るというケースを想定していないので、出費名目に関して大雑把、そのような感覚で成立している。

項目一つ一つに関してあまり細かいと、本体である入りを厳しくする法律としての成立が危うい、そういう事であって、だからと何にでも使っていい、あるいは名目と内容が大きく異なっていい、そういう事ではないはずだ。

特に、政治家の個人としての出費を政治資金で賄うのは政治資金規正法での出費名目が制限されていない、そういう事を利用して行ってよい、そんな事は市民の誰もが思わないし許容しないはずだ。

つまり法律に書かれていないから、やっても良いとか、法に触れないからごまかしていい、そんな基準で考えたり、やるような人物が、そもそも政治家になること自体がおかしいのだ。

役得、あるいは、その地位を利用して個人の利益を図る、そういう考えの人物がなってはいけない職業公務員であり、政治家なのだ。

それを叩いてホコリの出ない政治家などいない、だから政治資金規正法の話をあまり出すなとか、うるさく言うなというのは、論点が異なる。

政治資金規正法に一事が万事、記述すること自体大変だし、やれという方が無理だろう。だが、逆に、書いていないからこそ、良識をもって判断、行動してほしい、そういう事ではないのか。

政党交付金を受け取っていない政治家もいるが、多くの国会議員は政党交付金という政治活動のための国民から負託された税金を交付されている。それは政治家が個人の蓄財のために交付されているのではなく、国民のための政治活動にかかる費用として交付されている。

こういう事を全く理解できない人物、それが今のほとんどの政治家なのだとしたら、そういう政治家、全員辞めてほしい。法律に書かれていなければ何でもやっていい、そのような良識のない政治家を我々庶民の代表に選ぶ気はないし、そんなくだらない連中が税金から俸給を得てよいのだろうか。

国家財政が苦しい、そう言っているときに、舛添要一氏のような政治資金での財テクまがいの美術品購入がまかり通るなど、庶民には信じられない話だと思う。立つ鳥後を濁す、そういう事であってはならないと思うのだが、彼は最後まで自公という政党しか見ていなかったように思う。

では、その自公を含めて国会議員はどうかというと、議員も痛みを伴う改革をするという、訳の分からない話の中、議員定数削減(こんなもの改革でも何でもない)などと言うほとんど何もしない話や、歳費の大幅な削減もせずに、庶民がうらやましがるような待遇で庶民を睥睨している。

その国の民意を図るには議員を見ればわかるという意味では、日本人は大バカなんだろう、そう思う。

「お代官様,なんでこんなに年貢が厳しいのかのう」米のご飯をお粥にして食いつないでいる農民が年貢について訴えても
「お上の米蔵が空っぽなんだから、お前たちがもっと年貢を納めるのは当然の話だ」そう答えるだけで、自分たちは贅沢な暮らしをしている代官や役人たち。

極端な例かもしれないが、側面から見れば日本はこんな国かもしれない。世襲の支配者と黙って税金を納める庶民。こういう構図が見えない日本人は政治というものの本質がわかっていない。

アベノミクスの景気回復って「片腹痛いわ」ってレベルじゃないの? [政治]

舛添要一氏の件でサミットの話、いやアベノミクスや消費増税の再延長の話も飛んでしまったが、さて、今の経済政策で日本は本当に良いのだろうか?

安倍晋三は民主党政権時代のGDP他を引っ張り出しては自分の政権でこれだけ良くなった、そう言っていますが、指標などは一部対象を限定すればいくらでも自分に都合のよい数字を示せる。

実はサミットの時に、安倍晋三が急にリーマンショックの前と現在が酷似している、そんな話を持ち出してきて、誰もがその付け焼刃の話の行きつく先に思い至ったと思う。消費増税再延期が出た時点で、やっぱり、そういうことだったが、これって舛添要一の家族旅行が会議費名目で政治資金処理された、その時の会議相手として同席したとされる人物、つまりアリバイ工作と似ていないだろうか。

政治家というのがこういうレベルで政(まつりごと)をやっているのが、悲しくなってくる、そういう事なのだが、しかし、現実に彼らの低次元の政治でしわ寄せを食う人たちがいれば、悲しい話、では終われない。

安倍晋三がアベノミクスを引っ提げて再登場した時に欧州出張でアベノミクスがもてはやされて現地で政策に取り入れたいからと色々、その問い合わせ、つまり方法論など質問があった等、話題にされた。もっとも、今では誰も見向きもしないが。

円安主導で景気回復、そういう事だったのだが、さて、そういう日本のGDPは伊勢志摩サミット当時1%前後のところをうろつく程度だったのだが、他のサミット参加国の概ねは3%前後。

井の中の蛙で、民主党政権時代のある部分を切り取った指標と比較する話ばかりをしても、そんなもの海外諸国から見れば参考にもならない。だからサミットでも日本の経済政策など話にも上らないどころか、あまりに見え透いた目論見だったリーマンショック直前時と酷似しているなどという現在の話など、誰も同意する話でもなかった。

こんな話、通用したとしたらバカじゃないか、そう思うのだが、自民党だか日銀だかでは通じたのだろうか。

消費税を上げるような経済環境にない、それは多くの人がわかっていると思う。それでも上げなければならないのか、どうか、という事だと思うが、似たような経済環境の中、強引にそういう話をし、前に進めたのが菅直人、野田佳彦という民主党政権時代の首相だが、海外投資家の信用を得たのはむしろ、彼らだったかもしれない。もちろん、私はこの民主党の二人の首相はバカとしか思えないと酷評している人間だが。

円安主導と言いながら今、円高にシフトしてしまって、政府として経済政策は手詰まり。マイナス金利などという禁じ手も金が必要でない産業界、いや実業の世界を崩すことはあっても生かすことにはならない。

むしろ金利が低い分、投機に動くファンドなどは調達資金が安い、と実体経済を悪くする方に動かないか、その方が心配である。必要もないのに色々うまいことを言って金を借りさせたバブル時代の銀行の事、思い出す人物は日銀には居ないのか。

この金でマネービルをしようと投機に動くことはあっても投資として実業が伸びることはない。

雇用についてよくなったなどと安倍晋三は言っているが、円安主導で輸出型企業が潤い、その金が従業員にも回って、それが日本経済を活性化するなどというどこかで聞いた話(もちろん竹中平蔵の、自身でアベノミクスなどうまくいかない、と明言した、本人がやったことと同じ内容を否定)も当然のところに帰結する。

さて一般論に終始するつもりはないので、自身の生活に影響する話で言えば、円安で何が潤ったかと言えば、特筆するものは何もない。ガソリンが100円を割るスタンドまで現れたという、円安の話の反対の話(需給で供給は多いのに需要が不景気でどんどん下がったという話)が、たまたまだが、円安時に安くてよかったという話で、これが空前の景気などという話だったら、ガソリンは200円に迫っていっただろうという、まあ、アベノミクスにリンクしなくてよかった、そういう話くらいだろうか。

猫砂がどういう影響があるのか、と思うのだが、容量がどんどん減っていっている。猫のエサも量が1割カットで値段は2割上がっている。ペットは人間と比べれば亜流なので対象の大きな人間のエサはというと、いやいや、これは量が減る値段が上がるなど全てと言っていいほど天候に左右される生鮮野菜を除いて、当たり前のようになっている。

多くは輸入原材料から加工するので円安になれば当然、前の円では買える量が減るのは当たり前で生鮮野菜だって温室で暖房用燃料を使用しているものは燃料費が上がったり、庶民が苦しむ分、輸出型企業は売価が下がって競争力が増し、より販売数量が増えた、とか儲けたという話。

そしてその輸出型企業の内部では一般従業員に還元されるよりも多くの金が内部留保や経営者たちの懐に入っている。経営者と言っても見るべき経営を行ったわけではなく、単に円安主導で企業が潤っただけ。

その証拠に自動車と並ぶ輸出型企業の雄であるべき家電業界ではシャープが身売りし、東芝が巨額の赤字を抱えて将来が見通せない状況になっている。単純に円安だから輸出型企業が儲かるなどと経営力のない企業までもが潤えるという事はない。

であるにもかかわらず、ほとんど能力のない経営者達に金が渡り過ぎていないだろうか。自社も含めて社会とか従業員に対する責任を感じているとは思えない企業経営者の話が多すぎる。付け加えて言うが、日本の生産性(労働生産性)は先進国の中でも目立って低い。

私の経験では、私よりも年長世代の一線の技術者あるいは生産現場では日々大変な努力をしていたし、私も世界一の仕事をしてきた、そういう自負のある内容から、決して労働生産性が低いなどと思っていなかったので、日本の労働生産性が低いなどという事、聞いた時には信じられなかったが、今やますますその傾向はひどくなっている。

これって都知事として何もしなかった舛添要一氏が庶民には考えられない報酬を都知事として手にしたことと同じ構図ではないだろうか。都知事という職に就くことが目的であるかのような都知事就任後の舛添要一氏だったが、自身が都民にその能力によって都民に余人では提供できないサービスを提供することによって都民の血税から報酬を得る、それが筋だと思うのだが。

多くの政治家が、上述のような基本的な事すら考えられない日本の政治風土、私には考えられない。私? 私だったら自身のプライドがあるから世界の歴史上誰も考えられない政策で、より、社会の進化と幸福を実現していく道を歩みますがねえ。

まあ、私の出自を知らない皆さんに、こんな話をしても自慢話程度か、大風呂敷を広げている、あるいは嫌味な奴、そのようにしか取られないので、この話は、これでやめますが、まあ、日本の公というもののレベルの低さには辟易しています。

話戻りますが、失われた10年という日本の経済の停滞期、日本の内外から何と言われていたか覚えていますか?
内需主導の経済構造とか内需拡大の政策を打て、そのように言われていた事。特に外国からの圧力は大きかったのですがねえ。

これが構造改革とか規制改革というものにつながった筈なのですが、これらが目的ではなく、内需拡大つまり日本国内の産業活性化によって再び経済成長を促す、そういう事だったはずなのに、リーマンショック等でいつの間にか手段で終わってしまって、その過程の段階で格差ばかり広げてしまうという、これは経済政策の大失敗ではないでしょうか。

約束したステップの消費税増税かできなければ経済政策を失敗した、そういう事です。

選挙の時に経済の安倍みたいな、うまい事ばかり言って、自分が約束したことができなければ職を辞する、これ政治家としての最低限の信義ではないでしょうか。

しかし、経済の安倍などと言うのは表向きの虚言であって、本当は憲法を自身のプライドの元である岸信介の考えに沿ったものにしていく、あるいは岸信介が戦犯である事の払拭、それだけでしょう。

過去の安倍主導の選挙後の政治の内容を見れば一目瞭然。こういうことわからずに、それに乗っている日本人が多すぎるというのは日本人、バカなんですねえ。

ところで軍事に力を入れている安倍晋三。戦争が起こったら、戦費を賄うべき戦時国債での資金調達時に今の日本のような大きな財政赤字を抱えている国の調達費用がとんでもなく大きくなる事、わかっているんでしょうか。

戦争をすると金がかかる、その金は国内だけでは賄えず、戦時国債発行等で外国から調達しなければならない。莫大な財政赤字を抱えている日本は、実質、戦争などしちゃあいけない国なんだという事です。

とは言っても、そういう向きもあるでしょう。そうなんです、あのあほバカ中国、なんて言うとヘイトスピーチに認定されてしまいますが、どんだけ人の神経逆なですりゃあ済むんだ、という事ですが。

これ、中国の政治を握っている共産党政府と人民解放軍がやっている事。方や強気の政策をとっているのも日本政府。

何のことはない、政治家とか国の政府とか、そういったものが絡めば不要な戦争で国民が苦しむだけで政府要人や軍幹部は顔だけ装っておけば、何ら被害者にならない。

こんな連中を頼っているんじゃ、人民は不幸です。では、どうしたらいいか? ここから先を聞きたい人はお金を払ってください。
こういう、さあこれから、という話の続きでお金を要求する話、最近インターネットに増えた気がします。

こんな話でお金を取る気はありません。ただ、正解は私が政権を握ったときに出しましょう。

でもアホバカ日本人には、大事な話、すればするほど寂しい結末につながっていくので、本気で政治のことを考えるとストレスで入院ものです。日本人が正しい方向がわかっていないのは戦後の日本の動きを見てもわかるのではないでしょうかね。

これだけ書いても炎上しなければ日本人、問題意識なさすぎと思う。

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