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企業文化 [経営]

電機業界で言えばシャープ、東芝。車関係で言えば三菱自動車。以前ならば考えられなかった大変な状況に陥っている。

 私が年齢としては既に現役とは言い難い、その年になって偉そうに言う、そういうものではなく、現役時代から感じていたのだが、経営層に人がいない、そのつけを一般従業員まで払わされている、そういう気がしてならない。

 企業風土とか企業文化とか、あるいは社風、そのような言葉で語られていたもの、今の企業内では死語になりつつある会社が多くなっている気がする。

 もちろん、モーレツ社員なる言葉が存在した高度成長時代の方が経営者にも会社の私物化あるいは社会の一員としての企業という位置づけが理解できない人物も多かったので、企業風土が、自社の自虐的内容で語られることも多かったと思う。

 さて、三菱自動車が燃費に反映させるべき数値を偽っていた、という話、三菱自動車の最近の不祥事隠しと併せて企業風土のごとく語られるが、前述のごとく、三菱自動車に限らず、多くの企業で似たり寄ったりだろう。

 IT系企業の実態については、私が精通しているなどとおこがましいことを言えるものではないし、多くのケースで起業と絡んだ企業状況があるので、無責任な経営者は、むしろ少数派なのではないか、そのように考える。

 だが、かつて大企業として名をはせた、あるいは就職先としてもてはやされた企業の今日の体たらくはどうしたことだろうか、というものについて。

 このブログで何度も書いているが、私は低能裁判官たちによって犯罪者にされてしまったが、低能の所以は、小学生でもわかるのではないかと思う内容を理解もできず、科学的根拠のないいわゆる、論だけで人を犯罪者に貶めた、これと共通するものがあるのではないか、そう思っている。

 例えば、目標値を設定する場合、寡占企業ならば競争相手のことは気にしなくてもいいのかもしれない。
 しかし、この資本主義に基づいた自由主義社会において、競争相手は無視しえない。

 車で言えば燃費競争というものもあるかもしれない。だが、現場を軽視して経営だけの観点で数値しか見てこなかった経営者と軽視されて人員も職場環境も整備されてこなかった現場の技術者では共通の認識はもてないのではないだろうか。つまり、信頼関係などないに等しい、そういう中で厳しい話が出ても、それをクリアできるものは少ない。

 自身の話をして恐縮だが、どうしょうもない企業にいたことがある。やはり円高で輸出型産業であった私のいた会社は何とか材料調達を安くしたい、そういう思いでいた。ビジネスマンであれば知らない人物はいないくらいの著名人であった人物が経営者として、調達の担当者にハッパをかけたことがあったが、“わかってないなあ”私はそう思った。

 技術で売る企業で技術者として名をはせたその経営者が、自身も技術部門を統括していてさえ、自分のところの実態を知らなかったのだ。
 
 現代社会で、たとえ大企業でも、自社製品のすべてを自社で作るわけにはいかない。したがって、自社開発をするか、あるいは自社開発しても他社に製造委託するか、あるいは他社の仕様のものを購入するか、製品を構成する部品や付帯品において、そういう判断がある。

 ところが、私がいた企業の技術担当部署は、取引先や新規を狙う企業が、お伺いとして出してきた仕様や図面をもとに調達するのだ。

 つまり調達部門の人間としては、設計部門から、具体的な購入仕様書や図面が会社の独自設計として出てこなければ、仕様や図面を出してきた企業以外からは購入できないのだ。これが技術者なら、汎用であるものと固有であるものの線引きができるだろうが、設計者でさえ設計できないもの、なんで調達部門の人間が判断できるだろうか。

 結局、技術部門の責任者であるあなたが、まずは、購入仕様書を調達部門に出すように技術部門を指導しなければ、あなたの言う意味はありませんよ、このように同席した私に言われた、その経営者は耳が痛かっただろうと思う。

 しかし、こんなのはいい方で、強引に数字を与えてそれをクリアすることを要求する経営者が多い。

 アメリカ型の科学的経営手法とやらを崇めてどこもかしこもなびいた結果、日本の製造業の実力が色あせてしまったのである。何のことはないアメリカ留学とやらで数字ばかりこねくり回すことが優先するような目先にさとい人物を重宝して現場をおろそかにした結果、突破力のある人材が現場にいなくなった、そういう事だろう。

 だから設計部門にいても設計すらできない人物ばかりが技術者の顔をして企業内で育ち上の顔色ばかりうかがう。その究極が、自分たちは何もせずに子会社あるいは取引先業者と呼ばれる企業に無理を強いて辻褄合わせをする企業文化ばかりが育ってしまっている。

 シャープも一般従業員ではなく、経営者に人材がいなかった、そういう事であるのに、おかしな交渉に経営層が巻き込まれ、銀行も、今が凌げればいい、その程度で鴻海への売却を選択したから、今、一般従業員は大変だと思う。

 もっとも、根拠のある主張があるならばそれを評価する企業風土を鴻海は持っている。その意味では無能な経営者の下にいるよりも従業員としては幸せかもしれない。

 企業文化などというものは経営者が変われば百八十度変わってしまう。そのようなものよりもたとえ経営者といえども数値目標には根拠が必要だという事、経営者自身が知るべきであるし、また責任を自身がとる、そういう経営者でなければならない。

東芝、歴代3社長辞任の報道で思う事 [経営]

東芝の不適切会計の話で以前、この企業を取り上げた時にアメリカ発の科学的経営なるものにも触りとして述べたが、もちろん文系の人間には多少、難易度が高いとしても読解力のある人間(通常は文系人間の方がその力があると勘違いされているようだが)であるならば十分に理解できる内容のものがそのアメリカ発の科学的経営手法としてもたらされている。

東芝がその導入をした代表的企業の中の一つ、そして失敗した企業の代表、としてもつとに有名なのだが、成功例を聞いたことがないので、日本人がそれだけ理解力のない人種だったかと、私など経営のプロとして優良企業のモデルを作りたいと思っていた人間としては、実態を知って愕然とした。

活字になったものテレビで報道陣とやり取りした内容などはまさしく東芝が導入した科学的経営手法に則った経営の如く見える。
しかし、本来、チャレンジなどと簡単に言われるような数値目標などではなく、根拠があって始めて語られる数値になるはずなのだが、所詮、この程度の経営陣であれば、こういう話になる、それがこのアメリカからもたらされた科学的経営手法なるものの正体なのだ。

正しく理解した人間とやり方が似ているようで非なるもの、それを指摘する人間がいなかったのか、声を挙げられなかった、そういう事なのか。

会社は誰のものか、そういう話がホリエモンの台頭期にあったが、企業文化によって色々解釈はあるだろう、そう思う。
しかし、サラリーマン社長のものでない事だけは確かだと思うのだが、その辺も、今、騒がれている安保法制法案をごり押しする政府・与党の感覚と似ているような気がする。

してみると、日本人とはあまりおつむの良い国民ではない、そういう事なのか、あるいは行政にしろ著名企業にしろトップには頭の悪い人間が来るような社会システムが構築されている、そういう事なのか。

大きな企業での事業部や本部を預かる人間の肩を持つわけではないが、為替一つで企業業績が大きく変わる現代社会において、社会的要因を業績に織り込まない企業はないことは衆知の事実である。つまり、そういう外部要因をどれだけリスク要因から外せる策を講じているか、講じてきたか、そういう事が経営というもののファクターの一つであって、それは経営者が当事者意識を持って株主・従業員に説明していけるものにしていかなければ経営者の意味はない。

私の見るところ円高で安易に中国への工場シフトをしたり金型のノウハウをまで中小企業から取り上げて中国企業に渡したり、日本の大企業はとんでもないことをしてきている。
そういう中にあってアメリカの原子力関連企業を買収した時の東芝はそれなりに経営というものをしていたと言えるかも知れない。

しかし、リーマンショックも東日本大震災も受難したのは東芝だけではなく多くの企業が受難している。そういう事を考えれば、こういう時こそ、全社挙げて知恵と工夫で乗り切る、そういう風を起こすことこそ経営者の醍醐味ではないだろうか。

自身が被害者であるかのような感情に支配されての八つ当たり的バッシング経営ではどんな企業でも業績を落としていく。基本の基本でおかしな経営が続いたようだが、業績回復のためにと、今度は下請けいじめと捉えられるようなコストダウン等無理はしないでもらいたい。

今までにないようなコストダウンに成功しましたなどと言って、実態は納入企業に無理な価格で納入させたなどと言う笑えない日本的企業文化はもう時代にそぐわないと思うが、いかがか。

東芝の不適切会計 [経営]

一部に不適切会計が行われていたと聞いた時は、一部に、おかしな人物がいたのか、その程度の認識だったが、実態が露呈するにしたがって、驚くと言うよりは呆れた。

一部上場の、それも長い伝統のある堅い製造業に位置する企業が、こういうおかしな事をする体質に変質していたとは。

東芝はからくり儀右衛門に代表される技術で売った企業の筈だが、いつから投資家を騙す技術を磨く企業になってしまったのだろうか。

思えば、私自身が、何故こういう馬鹿な人物ばかりいるのだろうかというような、アメリカの科学的経営手法なるものを多くの企業、いや企業の人事部門が取り込み始めた時に一斉に右へ倣えした日本的横並び文化に毒されて、多くの現場の一線の技術者達を悩ませた、その事を思いだす。

アメリカから来た手法ではあったが、しっかり理解できれば決して悪い経営手法だと私は思わなかった、その経営手法だが、当事者意識のない人事部門にいる人物達では理解すらできないだろう、私はそう思っていたが、実際、うまく行ったという話はどこからも聞かなかった。

東芝もその例に漏れなかった。
そして、その後、新たな経営手法が持ち込まれたのだが、これも東芝のような大企業で経営陣に加わるような人物であれば、とても使える代物ではない、そうわかるようなもの、他の代表的な日本企業と共に導入したのだが、そういう意味では、その時点でこれら企業の経営者達は失格と言っていいだろう。

何故、東芝ほどの企業だけが不適切会計として報道されたのか分からないが、他の企業はうまく隠したのか、あるいはいくら何でもそこまでは、そのように現場への圧力を強めなかった、そういうことだろうか。

首切りもそうだが、他の誰でもできるようなことをするのが経営者とはとても思えない。余人をもって代え難い、そういう能力を発揮できる人物こそ経営者にはふさわしいのだが、どうもそういう人物は出世レースから外れてしまうようだ。

大企業とか、そういう企業の高いポストにいるとか、そういう事が能力とは全く関係ない、そういう事を教えてくれる例がまた増えた、そう思って、こういう報道を見るといいような気がする。

日本の製造業、捨てたもんではない? [経営]

テレビ欄などを見ていると時々、日本の町工場なるものを取り上げて、世界が真似のできない技術などをクロースアップしたりしている。

情けない形で政権の座から滑り落ちた民主党政権も含めて現自民党政権も技術立国日本を標榜している。

さて、現実はどうなのだろうか?

確かに、テレビで取り上げる中小企業の技、捨てたもんじゃない。なかなか他の国や企業では真似できないかもしれない。

取り上げられた企業の技は、別におかしいものではない。であるなら日本の技術や製造業あるいはそれを支える中小企業は万全なのだろうか?

否である。

かつて日本の高度経済成長時代、いちいち、マスコミで中小企業や特定の技術、あるいは製造現場についてスポットを当てるようなことは少なかった。
何故ならば、そんなもの当然ともいうべき時代だったのだ。

つまり、日本が世界に誇れるものが少なくなってきて初めて、日本の中小企業、捨てたもんじゃないぞ、そういう報道が生きるようになったといういわば、日本の技術沈下の裏返しが、日本のそれこそ重箱の隅をつつくようにして集めたものを前面に押し出している、そういうことに過ぎない。

テレビで刑事ものなど日本の警察の科学レベルがいかに高いか毎日のように放映されている。だが、現実の警察は、単に高度の機械を使う場面もあるかもしれないが、小中学生レベルの科学的知識さえない。

私は目的のないことをするのが嫌いな生徒であったために、将来の目標さえないのに何故、勉強しないといけないのか、そういう疑問から、などと言い訳をして、実際は単に勉強嫌いなだけで、試験勉強もまともにしたことのない生徒であった。

試験勉強? 意味あるの? そんなところである。

普通に授業を受けていれば頭に入るものは入る。もし、試験などで暗記しなければならないものがあって、それを正答できなければ、それは覚えてもあまり意味のないものなのである。もし、本当に覚えなければならないもので忘れてしまうようなものがあれば、それは教える側が悪い。

だから授業を真面目に受けるだけで試験勉強はしたことがない。それを勉強しない生徒とか、勉強しろ、そういう親や教師がいたら、それは親や教師が悪い。

暗記物など、必要に応じてその情報の元から引っ張り出してくればいいのである。

だが、数学や理科などには物事の成り立ちや根拠あるいは世の中の約束事として覚えたり理解しなければならないものがある。

習った時には、そういう事わからないかもしれないが、社会に出れば例えば検証という作業をするときに、そういう中学で習った数学がモノを言うのである。

私が今、裁判を闘っているが、例えば科捜研あたりから警察に都合のいい形で方程式が引っ張り出される。一見すると正しいようであったり、理系的センスがないと、闘うには手ごわいと感じるかもしれない。

しかし、授業以外の勉強をしなくても真面目に授業を受けていればわかる程度の数学の知識があれば、科捜研が持ち出した一見、科学的に見える方程式が矛盾に満ちていることなどわかるのである。つまりこれが現役の中学生ならば警察の嘘など一目瞭然なのだ。

こんな恥ずかしいものを科捜研どころか検察や検察が委託した専門家と称する人物が臆面もなく出してくる。

XとYという二つの変数が存在する方程式F(X)に沿った軌跡で物体が移動するとしよう。ここでXが距離でありYが速度だったとしよう。距離の数値をその式に代入すれば速度は当然の事ながら求められる。

だが、これはここに捏造の事実がなければ言える事なのだ。

同じように違う物質が速度と距離の方程式としてやはりXとYの方程式で表されるとして上記の物質とは違うので方程式の係数が異なる形G(X)で存在するとしよう。

もしここでこれら異なる物質が同じ速度の車ではね飛ばされたとしたら、どうだろうか?
同じ速度であるならばF(X)とG(X)のYは同じだからこれら方程式は連立方程式として成り立たなければならない。

中学生ならば常識の話であり、小学生でもわかる児童はいる。
そしてこれは、この方程式を成り立たせない限り、片方の式のXに勝手に数字を入れて速度YはいくつだったなどといってもG(X)についてもF(X)についても成り立たなければ、それが間違いだという事、誰も否定し得ない。

ところがこれが裁判の世界では間違いにならない。裁判官が正しいと言えば、正しくなる。私はこういう馬鹿な世界に住んでいるとは思わなかったが、誰も事の重大さに気づかない、これが日本の現実なのだ。1+1が3だったらおかしいだろ、そう言っているのに、検察が持ち出してきたチョンボだと、問題ではない、そういう事になる。

科捜研や検察側から出してきたこれらの方程式を解いてXとYの値を出して、警察のでっち上げや検察の嘘を証明しても、こういう数学に造詣のない司法の連中には猫に小判。水戸黄門の印籠ほどにも考えないのだ。

理系に進んだから中学の数学や高校の物理には秀でている?
とんでもない。理系だって、学ぶものはいっぱい有り、社会に出てもまず、企業の中でそのような数学や物理を解くようなことは稀有である。

つまり大人になってわからないのは文系に進んだからだ、などと言い訳をする法曹界の連中自身に中学高校時代、既にまともな学力がなかった、そうも言えるわけなのだ。ところがそういう人物がわからないのに分かったふりをして間違った判決を下す(私の事案だけではない)。

果たして誰が本当の犯罪者なのだろうか、そう思うのだが、そういう現実を誰も理解できない。そりゃそうだろう、裁判官が事実を把握する能力がない、そう分かる人間がこれまたいないのだ。

私は自分の事案で多くの人物に会ったが、一部、理系出身の友人を除いて、小中学生レベルのことを理解できる人がいなかった。

これが日本の今の現実である。

高度経済成長を支えた私の親父の世代は学ぶことにそれほど恵まれていなかったのだろう。だから勉強したことはよく覚えていたようだ。

私の親父なども、学校を出てから数十年経つのにドイツ語をよく記憶していた。そして東大を出たという中堅社員たちに仕事を教えていたが、もう三、四十年前から技術の劣化は進んでいる。

いや、本当は技術の劣化ではなく、人間の劣化なのだ。
職務に真摯に取り組んだりわからないことはわからないと、それを究明する姿勢を持てば、劣化は進まない。だが、安易に押し付けるとか捻じ曲げるとかそういうことで済む社会にしてしまっているから技術の劣化は加速することはあっても止まることはない。

日本の東大が大学ランキングで24位とか、そんな程度で済んでいる? 私はそう思っているのだが、大学を出て検察の手先になっている連中にしてテコの原理さえ知らないし、テレビ局は特集を組む内容を考えた方がいいかもしれない。

馬鹿げた企業 [経営]

まあ、あんまりこういう企業は世の中に存在しない、そう言いたいが根っこのところを見るとかなりの企業に共通する内容なので、紹介したい。

もう潰れてしまったような、一時期は肩で風を切るような勢いのあった企業の話。
急成長で上場企業になったこともあって、経営陣は自信満々。

ところが彼らが信じていたのは自分たちの経営能力だけであって、社員の能力は信じない。いや、全員の能力を信じないのではなく、一部、開発部門の能力だけは信じていたようだ。それも盲信に近い。

だが、急成長企業にとってネックになるのは日々の業務遂行のための人材不足である。その為に、新卒、中途採用で大幅な拡充を図ったが、いかんせん、経営陣に人を見る能力も業務のポイントを見る力もない。

結果、金融関係から人を派遣してもらいそういう連中を経営中枢である、役員や業務の中枢である本部長に据えた。また、取引先からも業務の舵取りを担う、部長クラスに人を派遣してもらった。

結果、何が起こったか? 派遣されてきた人達は玉石混淆である。いい人材が入ってきた部門ではその上司が煙たがり、悪い人材が入ってきた部門では、職場の活気がなくなってしまった。

経営陣は唯我独尊で、表面上おかしなことになっていなければ起きていることに気づかない。しかし、気づいたときは終わりである。

通常、出向者というものに関しては、顧客筋が、工数が足りないのでそれを補充する人材を出してくれないか、そのように取引先といっても業者側に当たる企業に社員の派遣を打診する場合が多く、ある程度の地位やプロジェクトの一員としての派遣などは特殊なケースである。

ところが、その企業は派遣する側で手を焼いたり、どうでもいい余剰工数に当たる人物を多く受け入れたために、せっかく手に入れた将来を嘱望できる人材や中枢を担うべき社員を多く失うハメに陥った。

そりゃそうだろう、能力のない人物はせっかく押し込まれた部署に優秀な人物がいれば、自分の立場がない。できるだけ優秀な人物は自分の周囲から押し出そうとするだろう。陰に陽に嫌がらせをする。

私の知るところでも日本を代表する企業の現場出身者が自身が受け入れられた部門の部長職についた途端に、海外に赴任した人物へのサポートをするべきを、海外は別会社だとばかりに、業務上で必須の書類の配布を止めたり、まあ、語るレベルでない幼稚な事ばかりしていたが、そういう事が、経営陣にはわからない。

株価でも日本一を目指そうとか当時は外に向かって大きな事を言い、内に向かっては偉そうな経営訓を垂れていた社長の会社にして、そういうものだったからオリンパスの比ではない二年続きの特損計上をそれも経理に関係ない一社員が指摘して5年近くも経ってから行ったり、著名なアメリカコンサルタント企業が関わってさえ、そういう実情の把握ができなかった。

結果、今はどうなったやら、そういう会社になった。いや、存在してないか。

シャープ、台湾資本に参加要請 [経営]

つい二、三年前まで液晶テレビで名を売ったシャープが、大幅赤字と販売不振そして、転換社債償還を迎えて、台湾の鴻海精密グループの資本参加を仰いだ。

鴻海精密については、相当前のブログでも取り上げているが、私が今の裁判に至る半年前、だから今から二年半前になるだろうか、鴻海精密のナンバー2と会って、話をしている。
日本の製造業をサポートしたいと鴻海精密の協力を仰げないかと、郭台銘会長に打診をしての面談だったが、会ったのはナンバー2の人物である。

野にある一介の人間が、シャープでもソニーでもトップに手紙なり、メールあるいは電話をしても会えるということはないだろう。だが、鴻海精密のトップは対応するのである。私は彼とはまだ会ったことはない。だが、20年前にもし、株を買うなら鴻海精密の株を買えと公言していたくらいに、当時、持っているポテンシャルは高かった。

20年前に鴻海精密工業の台湾本社を同僚達と訪れたことがあったのだが、同僚達には、その良さを見る目がなかったらしい。全く他の企業を見るのと同じで、反応がなかった。だが、鴻海精密工業にはかつての日本企業が持っていた特質があったのである。同僚達がそういう事に気づかないと言うことは、今の日本企業に通じるものがある、そう思っている。

もし株を買うなら鴻海精密が買いだと当時、そういう関係で偉そうに言っていた人物に逆に、教えたものだったが、金儲けにあまり関心の無かった私自身は、株に手を染めなかったので、買わなかった。もし、当時、普通に買っていたら億の金額を手にしていただろうと思う、そのくらいに目覚ましい成長を見せた企業である。

その後、郭台銘氏とは縁があるようなないような状況だったが、今は、彼よりも会社として、私の考えているものと、若干方向が違うかと考えているので、もう接触する事もないだろうと思うし、その気もないが、しかし、日本企業に考えてみて欲しい事はある。

鴻海精密工業は台湾の企業である。そして現在は、生産の主力は中国だ。日本企業も工場の中国展開を図ったのではなかったか。そこのどこに差があるのか。
結局はマネジメントではないのか。

日本企業は、現場へのしわ寄せが強いだけで、経営幹部の努力や創意工夫が足りなさすぎる。アメリカの科学的経営手法なるものに簡単に飛びついてかっこよく、スマートに数字だけを操って経営がうまくいくならアメリカの製造業が衰退することもないし、日本企業に負けることもなかっただろう。

だが、現実はアメリカの家電関係はほとんど業態をシフトさせたり転換させたり、日本企業に負けてしまっている。そういうところから出てきた経営手法を学んで何をしようというのか不思議でしょうがないが、未だに信奉している企業が多い。馬鹿としか言いようがない。

地元中国の企業も併せて、中国、台湾、韓国、日本と家電業界で熾烈な競争をしているが、どう見ても日本企業に分はない。製造は中国で行われているその同じ条件下で、負けているのだ。まあ、これ以上は言っても仕方ないだろうが、日本企業というのは所詮その程度でしかなくなっている、そういう事だ。

だが、鴻海精密も郭台銘会長の手腕で伸びたという反面、彼の後がどうなるかはわからない。中国企業も同様だ。韓国企業だけは優秀な指導者を経営陣に抱えているので今後も強さは変わらないかも知れない。一方、アメリカを見ると家電では、衰退したように見えるが、本当にそうだろうか。

グーグル、アップル、IBM、マイクロソフトなど家電の次世代に関わるものは、ほとんどアメリカが抑えているような状況だ。
日本人もアメリカの大学を始め諸外国の大学に進む人も一時期多かったはずだが、企業の戦略など見るとどうもそういうものが生かされているようには見えない。

もっとも、新興企業あるいは若手経営者の企業で伸びている企業もあるので、そういう企業まで否定するものではないし、現実に伸びているのだから、否定するどころか、大いに肯定し、いいものは参考にするべきだと思うが、外国かぶれしてもソニーのように見るべき業績どころか、業績を落としてしまっているのを見れば、考え方自体に問題がある、そういう事明白だろう。

シャープの動きが横睨みが得意の日本企業にどのような影響を与えるのか、あるいはそのシャープが今後どのようになるのか、注目に値はするが、いずれにしろ日本企業のマネジメントがいいから、という事ではないので、残念な話ではある。

温故知新 [経営]

このブログでも何度も取り上げているが既存技術の劣化が甚だしい。

いや、今に始まったことではないようで、日本刀などは、平安、室町時代のものに太刀打ちできないと言われるくらいにその頃の技術は高いものらしいが、その技術継承はされなかった。科学が発達したと言われる現在の技術をもってしても当時のような高品質の刀ができないのだという。

もちろん、門外不出というものがあるので、日本刀のように伝統を重んじる刀鍛冶などは、簡単にその秘伝を他に公開などしないから、伝承されないものがあっても仕方のないことだったかもしれない。

だが、技術の劣化を危惧する立場からすると、日本刀のような特殊なケースは別として継承すべき立場の技術者たちに謙虚さが足りない、そういう気がしてならない。

私のように周囲からおごったと思われている者らしからぬ意見と見る向きもあるかもしれない。
確かに私は事に当たるに白紙で臨む、それを原則にしている。そのことが、驕っていると取られることも多いのだが、実は違う。

本来、私は怠け者なので、余計な労力を払うことが嫌いだ。全く新しく、事を始めるのと、人真似ではその労力は計り知れないほど違う。いや、人真似が好きというのではなく、鍵になるものが、全体の中で重きを占めるようなものでなければ、事の軽重を考えた場合、先達の導入したものを検証して支障がなければそれを踏襲するのは、悪い方向にはいかない。


そういうことを知らない人間が、自信過剰で先人の労力を顧みずにそれを無視したことを始める、それが技術の劣化につながっている。

もちろん、アナログとデジタルのように根本的に異なるものでは、発想自体を変えなければならないならないものもある。しかし、それと先人の技術の否定は違う。

温故知新、つまり古きをたずねて新しきを知る、とは”何故、そのものが使われ、そういう設計になっているのか”そのことを知ることによって、だったら、今はこういう材料があるとかこういう技術を使ったほうがいい、そういうものを作り出すことにつながる、そういうことなのだ。

しかし、最近はそういう設計の先達を軽視するかのような風潮で、根幹の鍵となるものを見落とすことが多いようである。謙虚なようで実は驕っている設計者が多くなった、そのこと自体を彼ら自身が知らないということにも問題がある。

無能な人事担当社員が会社を潰す [経営]

経営コンサルタントとして、自身を売り込むわけではないが、国の興亡にも当てはまるので、少しばかり。

私は企業人としては少しばかり生まれてくるのが早かったようだ。
いや、自分では少しも早いと思っていないし、兵法的には当たり前、そういうことなのだが、あまりに緊張感無く仕事をする人物が企業中枢に巣食うとどうなるか、そういう話だ。

今では、もうほとんど潰れかかっている企業が、押せ押せで企業実績が上がり続けていた頃、私はその企業のある事業の生命線を握る仕事をしていた。私のポテンシャルは誰からも与えられたものではなく、私自身が自分で勉強し、経験を自分で昇華させて作り上げたものだった。その手腕で私はそのビジネスを世界一に押し上げたのだ。

仕事を任されるようになった早い時期から事業後継者として事業部長に目を掛けられていたが、その時、私はまだ、人事制度では課長にもなっていなかった。しかし、実務ではそこの多くの部長、次長など管理職が私の配下として動くようなプロジェクトの責任者として私は実績を積み重ねていった。

そういう私に本社人事部が課してきたのは、目標管理という制度についてレポートを出せというものであった。そのレポートを昇進の査定対象とする、そういうものだ。しかし、私のレポートは事業部次長いわく立派過ぎて本社人事部レベルでは理解しきれないもの、そういうことであった。

まあ、それもあるが、私はコンサルタント会社から売り込まれたものを自分たちが消化しきれずに右から左に安易に回したものだとわかっていた。所詮、そこの人事部などはそのレベルなのだ。目標管理は本来、安易に人事査定に使うものではなく、人事部自体が汗をかいて運用するもの、そのことさえ理解していないレベルだった。

そこで、私は目標管理として課された書籍中のある文言をレポートに入れた。すると「こんな言葉はない」そのようにその文言に線が引かれてダメ出しの言葉が書かれていた。つまり、人事部の連中は社員には読むことを義務付けた書籍に全く目も通していなかったのだが、馬鹿らしくなって、私はその企業を辞めた。

当時、私は自分だけではなく、部下が人並み以上の仕事ができるようにと、その教育もしながらで、深夜の2時前に寝られることはないという多忙さの中で、その課題にも答えてのだが、あまりに人を馬鹿にしすぎている、そういう判断だった。

もし、私がそこにいたなら、世界一の家電企業として君臨させたという自負がある、それだけの実績とポテンシャルを見せる人材を見抜く力もないような人物が人事などやってはいけない。
今、人事制度では社内で比類のない実績を上げた社員が、どのようにしてそういう実績を上げたか、それを取り込む、そういう時代だ。

つまり人事部としては、何故、私がそのような実績を挙げられるのか、その解析をしてそれを社内の制度として取り込む、それが人事部として一番効率のいい、会社への貢献なのだが、お仕着せをそのまま社内に普及することしか頭のない連中には、そのような簡単なことさえ、できなかった。

外部のコンサルタント会社の受け売りで自分たちの仕事のお茶を濁す、そのような時代ではないのだが、そういう緊張感のなさで私が在籍した会社も人事部員に潰されかかった。当時の事を覚えている人がどれくらいいるかわからないが、まあ、わからないだろうと思う。

ひるがえって、今の日本の行政を見ると、同様の有様が目に付く。緊張感無く自分たちが国民の上にいる感覚から抜け出せない官僚たちが相も変わらず、コスト意識も持たず、税金が生きたか死んだか、その正確な査定もせずに、とにかく、予算を使い切れ、使い切れなさそうな奴は次年度に裏金として回そうなどと、誰のための行政だかわからないことばかりやっている。

省庁の代弁者にはならない、そう言った民主党の議員が財務省を代表して、公務員宿舎は必要などと東日本大震災復興予算をどうひねり出すかという時期に着工を認めていたり、この国は既に崩壊しかかっているのかもしれない。

強迫観念ばかり与えても申し訳ないので、もし、誰かモデルになるような行政をしてみたい、そういう奇特な御仁がいればお手伝いしたい。難しいと思う人も多いだろうが、今の日本の行政を見ていると、多分、日本一の自治体(住みたいと思わせる)にするのはそれほど難しいことではない。ただ、日本人は物質文明に毒されてから長いので、東京というだけで一番と思う人も多いようだが、そういう人には向かないかもしれない。

経営と物理 [経営]

自称、世界一の経営コンサルタントとしては、たまには経営の話もしておきたい。

物理は見る人によって変わる、こう言った弁護士がいたが、あまりに稚拙なので、コメントすらする気もないが、二言目には私たちは文系人間だから、そのように小学生でもわかる話を避ける割には、自信過剰で知りもしないことをよく言う、そう思う。

弁護士は司法の世界の人間だが、経済の世界においても経済学をかじった自分たちに対し、経済の勉強もしていない理系人間に何がわかる、そのように馬鹿にした暴言を吐いたのが当時の菅財務大臣に対する自民党林議員の乗数効果に関しての質問だった。

言葉など知らなくたって、中身を知っていることは多い。それをその言葉の意味を知らないとばかりにバカにした発言を続けたが、確かに言葉を知らないよりは知っているに越したことはないがしかし、だからと、そこに何があるというのか。乗数効果を持ち出す以上、指標として使えるものかどうか、そういう共通のベースを持っていないと話にならない。

このへんのところが、経済をかじったとする人たちの弱点なのだ。
物理学の中には制御理論というものがある。そして、制御理論の適用対象の中に等価回路というものがある。いや、難しい話ではない。車を動かすのに人力等動物の力でも動かせるし、電気エネルギーでも動かせるし、ガソリンエンジンのような内燃機関でも動かせる。

その仕組みが等価、つまり車を動かすという目的(仕事という出力)に対して手段として使えるものは等価(車という負荷を動かせるエネルギー出力があるという)として扱えるということであり、乗数効果の話は理系で言えば例えばトランジスターで説明のできる話なので、菅直人のように東工大を出た人間であればわからないはずはない。

この話は、政治主導に恥をかかせようと財務官僚が自民党議員と仕組んだ出来試合という話がある。残念なことに、この後、菅直人は財務官僚に全く頭が上がらず財務官僚の言いなりになってしまった。そんなもの開き直ればよかったのだが。

経済用語などわからなくたって経済運営はできるし、小沢一郎氏が政治資金規正法で取り調べられた件で小沢氏を擁護した元検察官だって元は、理系人間なのだ。専門に近い用語を全て知識として持つ方が大変なのだから、考え方が間違っていなければいい。

つまり高度の判断を要する事案に際し文系も理系もない。それを次元の低い話で恥をかかせて、得点稼ぎしたって、得るものは何もない。乗数効果の話はどういう素材ならば高出力あるいは入出力比の高いトランジスターができるか、あるいはAという素材のトランジスターはどれだけ出力を得られるか、その程度の話だ。

ところが文系人間には理系に対し理数系が苦手だったというコンプレックスがあるのか、必要以上の理系人間に対するバッシングがある。そんなものはレベルの低い人間の嫉妬でしかない。

インフレ時には金利を上げ、デフレ時には金利を下げる、せいぜいがこの程度の操作で頭を悩ます財務官僚に対し、制御理論を使えば経済運営はもっと楽に行える。今では死語になってしまったようなファジー理論だって使えるしこんな事、自民党林議員や財務官僚には思いつくこともできまい。要はファクターをどれだけつかめるか、そういうことなのだ。

それを有意であるかそれすらわからない技術者もいるので、そういう人間だけを見て、理系馬鹿と揶揄するほうがおかしい。有意でないファクターを持ち出し、それをいじっても何もならない。だが、有意であるかないか、最初から分かっているケースも少ないので、まあ、経済学を本当に極めたいと思ったら、物理を習いなさい、そう言いたい。

企業経営にも制御理論は使えるのだが物理学をかじっていない経済屋にこういうものは作れないだろう。制御対象があり、操作端があり目標値があって外乱がある。全く企業経営そのもののモデルが制御理論の基礎で習うのだが、こんな発想、物理屋なら当たり前のように誰でも出来る。

そして、経済・経営の専門家よりもうまく運営できる。だから経営コンサルタントとして物理屋は人後に落ちない実績を残せる。嘘だと思ったら、物理学出身の学生を雇ってみると良い。他学部の学生よりも経営コンサルタントとしては類を見ない実績を残す。もっともセンスのない学生には無理だが。

商機 [経営]

東日本大震災という未曾有の災害の後で、商機などという言葉を使えばそれこそ不謹慎とそしられるかも知れない。だが、そのくらいの気持ちで取り組んでもらいたいし、うまくいけば、ビッグビジネスになる。

そうは書いたが、簡単なものではない。だが、最初から諦めては始まらない。
こういう時こそ、一番でなければいけないと血税を使っていた研究者は成果を出すべきだし、投機でマネーゲームに走り、人々の暮らし向きを困窮させていたファンドや機関投資家はベンチャー企業のリソースを洗い直して投資をすべきなのだ。

うまくいって金が入ってもこれだけは世の人達から非難されない、それが新しい発電システムである。
炭酸ガス削減という世の動きに乗って原発も追い風が吹いていたが、追い風故の傲慢さが原発関係者にあったことも露呈した今、だからと言って化石燃料に頼ることもできない。

日本の場合、次善の策で、取りあえず化石燃料に頼って脱原発を目指す事になると思うし、諸外国では原発と、化石燃料に依存する事との天秤で方向が分かれると思うが、将来的には脱化石燃料、脱原発である。
そういう事を考えれば、日本はその両方が有無を言わさずに揃った、斬新な発電システムを推進する好機を与えられたと前向きに取り組める国になった、そう思いたい。

将来的にクリーンエネルギーにするために次善策として手っ取り早く石油・石炭などよりは炭酸ガス排出量の少ないメタンハイドレートのような、採取技術は確立していないが、埋蔵量としては長期にわたり、ニーズを満足させられるものなどトライするのもいいだろう。

石油メジャーの売上高などを見れば、メタンハイドレートの採取技術を確立して軌道に乗せるだけで世界の長者番付に載る資産形成ができる。どなたか挑戦しようという人はいないか。これなら巨額の資産を確実に手にできる。クリーンエネルギーはその先としてやるか、平行してやるか、皆がチャレンジ精神で色々なものが出てくる方が世の中面白いと思う。

創造性もなく、人の税金で食っているくせにえらそうにしている検察や裁判官などくそ食らえ。メタンハイドレートを取った後の穴にでも埋め込んでくれれば私も溜飲を下げることができる。もっとも彼らでは素材が悪いから悪質なメタンガスにしかならないか。
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